特集「コロナ以降のカルチャー テクノロジーはエンタメを救えるか」(Vol.6)

コロナ以降、リアルワールドゲームはどう変化する? Niantic日本法人・村井説人と考える

 特集「コロナ以降のカルチャー テクノロジーはエンタメを救えるか」の第6弾は、『Ingress』そして『Pokémon GO』と、現実を拡張した“リアルワールドゲーム”で、エンターテイメントの新たな地平を切り開いてきたナイアンティックの、日本法人代表を務める村井説人氏が登場。

 現実世界に繰り出してプレイするリアルワールドゲームでありながら、リモートレイドバトルなどの“家にいながら楽しめる新機能”のリリースや、毎年実施していた『Pokémon GO』の大規模イベント『GO Fest』を今年はオンラインで実施するなど、コロナ時代に対応した新しい施策へと挑戦している。そんなナイアンティックの今後の動きや展望について話を聞いた。(編集部)

「自宅でも楽しめる」という新たな仕様の構想へ

ーー今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、Nianticさんや貴社が手がけるサービスにおいて、どのように影響を与えましたか?

村井説人(以下、村井):他の会社と同じように、Nianticも大きな影響を受けました。この通常じゃない環境のなかにおいて、まず心がけたのは、Nianticの社員から罹患者を出さないこと。また、新型コロナウイルスを拡散しないことです。「他国に比べて日本の感染拡大が早かった」ため、前例がないなかで、われわれ日本チーム独自の判断でプレイヤーと社員を守る施策を立て、それを即実践して行かなければならなかったのでとても難しい舵取りを求められました。またUS含むNiantic全体の中で新型コロナウィルスに関する大きなリーダーシップも求められました。

ーーなるほど、今となっては対策のガイドラインもある程度定まってきてはいますが、たしかに当時は何が正しいのかわからない状況でした。

村井:今年の1月に、日本から新型コロナウイルスの感染者が初めて出た(1月16日)というニュースを知って、そこから「コロナ対策」を考え始めました。当時はUSに滞在していて、日本で何が起きているのか分からないなかでの手探りの時間がありました。最初に取り組んだのはいち早く帰国して、状況を実体験を持って確認するということでした。一方で、2月と3月には『Pokémon GO』のコミュニティデイや『Ingress』の大規模なイベントなどの開催を予定していたので、この実施をどうするか、という判断も迫られていました。

 そのなかで、意思決定を行うまでの時間が圧倒的に少なかったことが大きなチャレンジでした。Nianticは「人を家の外に誘い、人と人が出会い、そしてコミュニケーションを深めてもらう」ということをミッションに掲げていますが、新型コロナウイルスにより、それを推進することで罹患者を増やしてしまう可能性がある。また、我々のイベントを強くサポートしてくださるプレイヤーや地方自治体の皆さんに非難の矛先が行ってしまうことを避けなければなりませんでした。結論として、全世界で開催される予定だったイベントですが、新型コロナウィルスの状況が深刻になり始めていた日本・韓国・イタリアにおけるイベントを、まず中止することを決定しました。

ーー「外にユーザーを連れ出す」「健康的になってもらう」ことはNianticのサービスにおける強みとなっていましたが、イベントを中止し、そこから早い段階で自宅で楽しめるように仕様を変更したことも、Nianticにおいては大きな決断だったと思います。

村井:「Adventures on foot with others=共に歩き、冒険に出よう」というミッションを強く推奨することが難しくなっている環境のなかで、チームメンバーとは「引き続き、どのように多くのプレイヤーの皆さんに楽しんでいただけるか」についての議論を日々重ねていきました。その議論のなかで、「我々のミッションは、こういった状況下においても絶対に変えるべきではない。そして、我々のミッションは、いつの日かまた社会を明るくするための一翼を担う時がくる」と言う認識をチーム全員で共有することができたことは本当に大きな収穫でした。この共通認識の中で、我々は立ち止まることなく、我々のサービスをより革新的に変更していかなければいけない、と決断しました。

ーーでは、そこからどうすべきかを考えたうえで、「自宅でも楽しめる」という新たな仕様の構想へと踏み出していったわけですか。

村井:実は、我々が「リアルワールドゲーム」と呼んでいるもの「外に出て歩き、ゲームを通してワクワク感やドキドキ感を味わってもらう」という体験は、家にいながらも別の形で、提供することができるのではないか、とコロナ禍以前から考えていたんです。

ーーおお!

村井:ただし「我々のミッションは変えずに」という前提ですし、かなり先の展開として、そういうこともさらに深く考えていかなければいけないと思っていた、というくらいです。その機会が、新型コロナウイルスの感染拡大にあわせて、かなり早めに訪れた、ということです。

ーーあくまでひとつのブランチとして、想定はしていたと。

村井:そうですね。外に出てワクワクやドキドキを味わっていただくという基本メッセージは変わらないのですが、何かしらの理由ーー例えば、怪我をしてしまったことで、外に出られなくなったけれど『Pokémon GO』は続けたい、といった方もいらっしゃることは、常に頭の片隅で考えていました。そうした方々にも平等に我々のサービスを楽しむ機会を提供するために何ができるか? ということは、常に考えてきていました。

ーーとはいえ、あくまで構想段階の話であり、実際に開発が進んでいたわけではないですから、そこに対してスピード感を持って取り組むのは、かなり大変だったと思います。

村井:これは本当に大きなチャレンジでした。Nianticもほかの企業と同じく、長期の視点での開発ロードマップを策定しています。その目標に向かってチーム全体が進んでいたわけですが、それを一度止めて、自宅からも楽しむことができる機能を開発するという作業に注力してもらうことになったわけです。ロードマップを書き直すことは本当に大変なことなのです。これらを実現するために、経営陣からスタッフが実際に作業へ取りかかる前に、いま我々がやるべきことは何で、それを実現するために今、我々は何にフォーカスをしなければいけないか、ということについて丁寧な説明がなされました。これにより、チーム全体が力を合わせて今までにないスピードで開発を行ない、この数ヶ月で新しい機能を複数出し続けることができたと思っています。

ーーそれらが実際にユーザーの元へ届けられて、見える範囲で観測できた変化はありましたか。

村井:我々自身、この変更によってどのようなインパクトがあるのか、ということを予想することはとても難しいことでした。Nianticとしては、どのようにしたら楽しさを伝えられるか? ということだけに集中していました。結果として、プレイヤーの皆さんからの反応はとてもポジティブなものでした。特に、リモートレイドバトルという新機能に対しては、「無理に外に行くことなく、今まで通りゲームを進行させることができるようになった」という喜びの声をいただくことができました。

 また、卵を孵化させるために必要な距離を短くしたことで、ご自宅でそのチャレンジにトライしてくださった方も多いという印象でした。「家の中で歩くということを今まであまり意識していなかった。ソファに座ってゲームの画面を見ていたけど、家の中で階段を昇り降りしてみるとか、いつもより多く部屋の中を歩いてみるだとか、ステイホームでも動けるんだということにあらためて気づかせてもらえた」という意見もありました。総じてネガティブな声がなかったというのが、我々にとっては本当に嬉しいことでした。また、さらにありがたいことに、この改変によってプレイヤーのアクティブ率(アプリを楽しんでくれている人の数)がとても上がったんです。いただいた声や結果を見る限り、皆さんが待ち望んでいた機能だったのかもしれないなと感じています。

ーーアップデートによって家の中でフィットネスを楽しむプレイヤーも登場したことで、Nianticのサービスが持つヘルスケアとしての側面は引き続き機能したと。それに加えて、家にいることで気持ち的に塞ぎ込んでしまう人たちが多いなか、そういった方々へのメンタルケアに繋がっていたことも大きいと思います。

村井:おっしゃる通りです。前提として、外に行かなければ進行しないゲームだということが共有されているからこそ、リモートレイドを実装したときに、多くの人がその機能やゲーム性を通して、空間の壁を超えて繋がる、他人を感じることができるツールになれたと思うんです。例えば、このインタビューのようにZoomを使うことで特定の相手と繋がれるわけですが、『Pokémon GO』の場合は、同じように外に出られないストレスを抱えた不特定多数の人たちと一緒に、リモートレイドバトルを通して一致団結するという、また違ったワクワクドキドキ感が生まれていたんだと思います。

ーー限定条件下だからこそ、連帯しているという喜びが強くなるということですね。いちユーザーとしては、以前にジョン・ハンケさんが『Pokémon GO』ユーザーのAR機能について「プレイ時間が平均2、3分」という話をしていました。ですが、このコロナ禍においてAR機能をすごく活用するようになったんですよ。ユーザー全体としても、AR機能の使用時間は上がっているのでしょうか。

村井:実際にAR機能の利用率はすごく上がってきています。これは、プレイヤーの皆さんがそれぞれ家にいるなかで、何か楽しいことを探しているからなのかもしれません。今回は、今まで楽しんでいたアプリを使って、新たな投資をすること無く、自分の部屋の中に新たな楽しみを見出すことができるという点が、ポジティブに働いたのだと思います。お子さんやペットと一緒にポケモンの写真をARで撮ってみたり、その写真を共有することで楽しんだりする方が散見されました。身の周りのものを、新たに特別な投資をすることなく我々のアプリを通して現実を拡張させることで楽しさを感じてもらえたというのは、本当に嬉しいことでした。

ーーそういう意味ですごく大きいなと思ったのが、直近のアップデートで実装された「ARブレンディング」です。部屋においてAR機能を楽しむ上での障害だったオクルージョン(3D物体が常に現実世界の物体よりも前側に配置されてしまう)の壁を解決し、体験がよりストレスのないものになりました。この機能については事前に開発を発表していましたが、今回のコロナ禍を踏まえて、リリースを急いだところもあったのでしょうか。

村井:いえ、こちらは元々計画していたロードマップから早めることなく、予定通りにリリースした機能です。リモートレイドを実装したチームとは別にAR機能の開発チームがいて、そちらの方で開発を進めてきました。

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