Spotifyの“ディスカバープレイリスト”から見えてくるものは? 柴那典が「My Summer Rewind」含め検証してみた
Spotifyを日常的にリスナーとして使っていて、音楽との接し方が以前とは大きく変わってきたことを日々実感している。
そして、大袈裟に言えば、それは「自分の“好き”の基準とは一体何なのか?」を改めて考え直させられるような、ある種の哲学的な問いに結びつくような感覚だ。
そんな風に感じているのは、筆者が当サイトでキュレーション原稿を連載していることもあって、かなり能動的に音楽に接しているせいかもしれない。
しかし、誰だって、ストリーミングサービスを日常的に用いて聴き放題が前提になった世界で音楽に触れていたら、きっと、ふと気付くことがあるだろう。
そもそも、レコードやCD、ダウンロードで音楽を入手するときには、「聴く」というのは「買う」ことの後にあるというのが前提だ。たとえばテレビやラジオ、雑誌やネットでアーティストの新譜情報を知る。たとえば映画やアニメ、CMのタイアップで曲を知る。友達からオススメされることもあるだろう。そこから気になった曲を買う。もしくはレンタル店で借りる。その後にプレイヤーに入れたり、リッピングしたりして自らの手元に置いて繰り返し聴く。
つまり、アルバムやシングルを「聴いている」時点で、自分が「その曲を選んで価値を認めてお金を払った」という行為を経ているわけだ。
もちろん例外はある。ラジオやテレビでオンエアを耳にしたり、レコードショップで試聴機をチェックしたりすることもある。しかし、それはあくまで試聴。買った時点で「自分はこのアーティスト、この曲が好きだ」という価値判断をしていて、曲を聴いている時点ではその「好き」の再確認をしていることになる。
しかしSpotifyなどのストリーミングサービスで聴いていると、その前提はない。なにしろ聴き放題なので、「聴く」という行為と「お金を払う」という行為に直接の関連はない。
しかも、毎週かなりの新作がリリースされる。その量はどんどん増えている。ニューリリースの一覧、ヒットチャートだけでなく、ジャンルや状況にあわせたプレイリストが次々と提供される。過去の名作だって、その気になればいくらでも掘り進めることができる。
そうやってストリーミングサービスのヘビーユーザーとなって大量に音楽を聴いていると、どうなるか。自分がそれを好きかどうか、気に入っているかどうか、価値を認めているかどうか、その判断は後回しにして、とにかく沢山の曲を浴びるように聴くようになる。
いつも聴いている音楽が、必ずしも「自分でいいと思って、価値があると思って、選んだ曲」ではないというのが日常になっていくわけだ。
むしろ「自分がその曲を好きかどうか」の判断は「聴く」後にカジュアルに行われる。気に入った曲に出会うたびに、曲名の隣にある「+」のアイコンを押して「My Music」に保存していく。もしくはアルバム単位、アーティスト単位でお気に入りとしてチェックするのが習慣となる。
そういう行為の繰り返しの結果、事後的に自分の「好き」がわかってくる。どんなジャンルをチェックしているのか、どんなテイストが心地いいのか、どんなタイプのアーティストが好みなのか。そういう自分の嗜好が、行動の集積の結果、改めて明らかになってくるのだ。
Spotifyは特にその傾向が強い。他のストリーミングサービスに比べ、パーソナライズ機能が充実しているのがSpotifyの強みだ。「リスナーの好みのテイストをもとにしたオススメ」のプレイリストを自動生成し提供している。そのためにAIの技術を活用している。
Spotifyが提供しているパーソナライズされたプレイリストは、いくつかある。その中でも筆者が日常的に使っているのは「Release Rader」と「Discover Weekly」だ。
「Release Rader」は毎週金曜日に更新されるプレイリストで、自分がフォローしているか、頻繁に聴いているアーティスト情報に基づいて新曲が並んでいる。
「Discover Weekly」は毎週月曜日に自動更新されるプレイリストで、こちらは自分が聴いた曲、お気に入りに入れた曲などの情報をもとに選曲される。個人的な実感としては「Release Rader」には話題になっているリリースや知名度の高いミュージシャンの新曲がフォローされるのに対し、「Discover Weekly」には無名だったり聴いたことのないアーティストの楽曲が含まれることが多い。それでも聴いてみると好きなテイストのものが多く、新たな音楽の発見に活用できている。
調べてみたところ、どうやら「Discover Weekly」にはディープラーニング(深層学習)の技術が活用されているそうだ。
一般的に用いられる音楽のリコメンドエンジンは、「これを聴いた人はこれも聴いている」というように、他のユーザーの視聴履歴を参考にして選び出されることが多い。amazonなどでもお馴染みの「協調フィルタリング」という方式だ。
しかし、この方法では選び出されるのは試聴回数が多い人気曲が中心になってしまう。試聴実績に基づくので、ニッチなジャンルや無名なアーティストの楽曲は選び出されることは少ない。そこで「Discover Weekly」では協調フィルタリングの手法に加え、楽曲のメタデータやオーディオそれ自体を深層学習し、それをもとにリコメンドする仕組みが採用されている。
その背景には2014年にSpotifyがリコメンデーションプラットフォームの大手「Echo Nest」を買収したことも大きいだろう。