『フランケンシュタイン』なぜ韓国オリジナルミュージカルの金字塔に? 圧巻の演出に迫る

人間が生命を創り出すことは、果たして許されるのだろうか――。
1818年に発表されたメアリー・シェリーの小説『フランケンシュタイン』。200年以上にわたって読み継がれ、数々の映画や舞台の題材となってきた不朽の名作が、韓国で壮大なオリジナルミュージカルとして生まれ変わった。生命を創造するという禁断の挑戦を軸に、人間の愛と孤独、そして信念が生み出す悲劇を描く本作。韓国ミュージカル ON SCREEN『フランケンシュタイン』が、10月30日より全国の映画館で公開される。
韓国の人気ミュージカルをスクリーンで楽しめるシネマシリーズ「韓国ミュージカル ON SCREEN」。2025年には『エリザベート』『ファントム』『マリー・アントワネット』『笑う男』『モーツァルト!』の5作品が上映され、今回は『フランケンシュタイン』『モンテ・クリスト伯』『エクスカリバー』の3作品が新たにラインナップへ加わる。いずれも世界的な名作文学や伝説を原作とする大作揃いだ。
第1弾の『フランケンシュタイン』は、2014年の韓国初演以来、再演を重ねてきた人気作。今回届けられるのは、2024年の初演10周年記念公演を収録したミュージカル映像だ。生命を生み出すことの是非という普遍的な問いを、愛することと憎むこと、誰かを信じることと執着することの危うさへとつなげていく本作。壮大な物語とドラマチックな音楽を通して描かれる、韓国ミュージカルの魅力を、紐解いていきたい。
『フランケンシュタイン』が描く愛と復讐の物語

舞台は19世紀のヨーロッパ。ナポレオン戦争の戦場で、天才科学者ビクター・フランケンシュタインは、生命創造という禁断の研究に没頭していた。人間の手で新たな生命を生み出す、神の領域にも等しい偉業。その研究に共鳴する青年アンリ・デュプレと出会い、二人は固い絆で結ばれていく。しかし、ある悲劇をきっかけに、ビクターは一体の怪物を生み出してしまう。誕生直後に姿を消した怪物は3年後、創造主への復讐を誓い、再び彼の前に現れる。
本作の核心は、生命創造という壮大なテーマの根底に、極めて人間的な感情が流れていることだ。ビクターはなぜ、生命を生み出すことに執着するのか。望まれずに生まれた怪物は、何を求めてさまようのか。科学者の飽くなき探究心と、誰かに受け入れられたいという切実な願いが交錯するなか、物語は単なる生命創造の是非を超え、人間の欲望や孤独、他者との関係がもたらす悲劇へと広がっていく。
そもそも「フランケンシュタイン」とは怪物ではなく、彼を生み出した科学者の名前。原作が突きつけた「本当の怪物とは誰なのか」という問いは、本作でも物語を貫くテーマとなっている。さらに韓国版では、ビクターとアンリの友情が物語の中心に据えられた。誰かを信じ、守りたいという純粋な想いが、ときに取り返しのつかない悲劇を招く。愛情と執着、善意と傲慢。その境界が揺らぐところにこそ、この作品の恐ろしくも人間らしい魅力がある。
では、なぜこの物語をミュージカルで描くのか。人間の感情は、必ずしも言葉どおりには動かない。相手を大切に思いながら、その人を傷つけてしまうことがある。理解してほしいと願うほど、相手への怒りが膨らむこともある。自分の正しさを信じるあまり、他者の苦しみに気づけなくなることもある。

こうした矛盾を抱えた登場人物たちの感情を、音楽と歌唱、身体表現によって立ち上げられることが、ミュージカルという表現の大きな可能性だ。
台詞では説明しきれない感情の揺れを、歌は時間をかけて展開できる。旋律の抑揚や歌唱の強弱、声の響き、俳優の身体表現が重なることで、人物が何を口にするかだけでなく、どれほどの感情を抱えているのかにも意識が向く。とりわけ、愛と憎しみが隣り合い、信頼と裏切りが交錯する本作では、人物の内面そのものがドラマの推進力となる。
なかでも注目したいのが、怪物の孤独だ。恐ろしい姿の内側にあるのは、人間と変わらない、誰かに理解され、受け入れられたいという願い。その怒りや絶望が歌となって響くとき、観客はもはや怪物を、ただ恐ろしい存在として見ることができなくなるだろう。生命誕生の劇的な瞬間を彩る重厚な音楽と舞台演出も圧巻で、生身の俳優の身体と声を通して、生命を生み出す者と生み出された者、それぞれの苦悩が目の前に迫ってくる。愛と憎しみが激しくぶつかり合う物語だからこそ、登場人物たちの感情を歌に乗せて届けるミュージカルという表現がこれほどまでに映えるのだ。




















