『借りぐらしのアリエッティ』に流れる栄枯盛衰の精神 “滅びゆく種族”は誰を指すのか

 8月7日に『金曜ロードショー』(日本テレビ系)で放送されるスタジオジブリ作品『借りぐらしのアリエッティ』は、床下で暮らす小人の少女・アリエッティと、療養のため屋敷を訪れた少年・翔との出会いを描いた作品だ。小人たちが人間の日用品を「借りて」生活する様子や、草花や木漏れ日に彩られた豊かな自然描写は、本作を象徴する魅力として多くの人の記憶に残っていることだろう。

 愛らしさや美しさのかたわら、本作が哲学の様相を呈している理由について改めて考えてみると、単なる異種族交流や「小さな世界」の愛らしさだけではなく、物語の随所に命や暮らしが移ろい続けることへのまなざしがあることに気づく。

 そのことを象徴するのが、物語終盤で翔がアリエッティに向けて語る「君たちは滅びゆく種族なんだよ」という一言だ。この台詞は、人間から小人へ向けられた残酷な現実として受け止められるが、反芻してみた時に小人だけではなく人間、そして私たちが生きる世界そのものにも向けられているように思えてくる。

 アリエッティ一家は人間に姿を見られたことで、長年暮らしてきた床下を離れなければならなくなる。一方、翔が療養のために訪れた屋敷もまた、かつての賑わいは失われ、祖母と家政婦だけが静かに暮らす場所となっている。さらに翔自身も心臓病を抱え、自らの命が永遠ではないことを知っている。「滅びゆく種族」という言葉は決して小人だけを指したものではない。栄えたものはやがて衰え、失われたものは新たな営みへと姿を変えていく。本作の根底には、そうした「栄枯盛衰」という普遍的な思想が静かに流れており、そうした静観が本作をぐっと深みへと誘っているのではないかと感じる。

 興味深いのは、その思想が「入れ子構造」として描かれていることだ。最も小さな世界には、小人たちの暮らしがある。床下という限られた空間で営まれる小人たちの生活。その外側には人間の世界が広がっている。しかし、人間の世界もまた、さらに大きな時間や自然の流れの中ではほんの一つの小さな営みに過ぎない。

 つまり、本作は「小人と人間」という二項対立を描いているのではない。より大きな世界の中に、さらに小さな世界が存在するという入れ子構造の中で、すべての存在が同じ時間の流れに置かれていることを描いているのである。

 だからこそ、翔の「君たちは滅びゆく種族なんだよ」という言葉は、巡り巡って人間自身にも返ってくる。誰もが変化の中を生き、永遠ではいられない。その共通の運命を見据えたうえで、本作は「生きること」の意味を問いかけている。

 その構造を象徴する存在が、劇中に登場するドールハウスだ。翔の曾祖父が小人のために作ったドールハウスは、家具や食器、照明に至るまで精巧に作られた理想の住まいである。そこには小人と共に暮らしたいという曾祖父の優しさが込められており、人間が思い描く幸福な世界が、そのまま形になっている。

 しかし、その家に暮らす小人はいない。整然と並ぶ家具は傷つくことなく、食器は使われることもない。時間が止まったようなその空間は、美しく完成されている一方で、「生活」の気配を欠いている。

 対照的に、アリエッティたちが暮らす床下や庭には、風が吹き、雨が降り、植物は伸び、猫やカラスが現れる。そこには命を脅かす危険も不便もある。それでも彼らは季節の移ろいを受け入れ、身の回りのものを工夫しながら日々を生きている。ここで描かれているのは、「完成された美」と「生き続ける美」の対比なのではないだろうか。

 ドールハウスは、人間が理想を追い求めて生み出した完成された美である。一方、自然の中で営まれる借りぐらしは、不完全で、予測不能で、絶えず変化し続ける。それでも、その変化の中には命の循環があり、暮らしの実感がある。

 曾祖父の願いも、そこに込められた善意も、後の者へと受け継がれる切実さがある。しかし、人間がどれほど理想的な住まいを用意したとしても、「生きること」そのものを作り出すことはできない。生活とは、完成された空間ではなく、変化する環境の中で選択を積み重ねる営みだからだ。

 だからこそ、ラストでアリエッティ一家が選ぶのは、誰も住まない美しいドールハウスではなく、未知の世界への旅路だった。

 『借りぐらしのアリエッティ』は、小人たちの愛らしい生活を描いた作品であると同時に、「生きるとは何か」を問いかける物語でもある。栄枯盛衰という避けられない時間の流れの中で、私たちは何を失い、何を受け継いでいくのか。本作は、完成された美しさよりも、変化し続ける命の営みそのものにこそ豊かさが宿るのだと、穏やかに、しかし力強く語りかけている。

■放送情報
『借りぐらしのアリエッティ』
日本テレビ系『金曜ロードショー』にて、8月7日(金)21:00〜22:59放送
※放送枠5分拡大、ノーカット放送
声の出演:志田未来、神木隆之介、大竹しのぶ、竹下景子、藤原竜也、三浦友和、樹木希林
企画・脚本:宮﨑駿
監督:米林宏昌
原作:メアリー・ノートン
©2010 Mary Norton/Keiko Niwa/Studio Ghibli, NDHDMTW

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