『映画ちいかわ』セイレーンは被害者か、それとも加害者か 神話と人魚伝承から読み解く

 大ヒット中の『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』で、もっとも強烈なインパクトを残したキャラクターと言っても過言ではないのが、島民を捕らえ、巨大な体でちいかわたちを追い詰めるセイレーンだろう。その姿は討伐すべき怪物に見えるが、もともとは人魚3匹とともに島で暮らし、歌声で農作物を育て、島に豊かさをもたらしていた存在でもある。

 西洋神話に由来する名と歌の力を持ちながら、日本の人魚伝承を思わせる物語の中心に置かれた本作のセイレーンとは、いったい何だったのだろうか。その姿を、島民との関係や人魚をめぐる伝承から紐解いていく。

セイレーンは被害者か加害者か

 人魚3匹とともに島へやってきたセイレーンを、島民は当初、その巨大な姿から恐れていた。そこで機嫌を損ねないよう濃い味つけの料理を振る舞ったところ、セイレーンはそれを気に入り、そのまま島に住み着いたという。

 やがて、その歌声が農作物の成長を促し、島にはさまざまな特産品が生まれていく。恐怖から始まった同居は、いつしか島民にも恩恵をもたらす共存関係へと変わっていった。少なくとも、人魚が食べられる事件が起きるまでは……。

 仲間を奪われたセイレーンは、犯人を捜して島民を襲い始める。島民は外から助けを呼ぶためにチラシを撒き、事情を知らないちいかわたちを島へ招き入れた。かつて島を潤していた存在は、人間の暮らしを脅かした瞬間、排除すべき対象へと変わったのである。

 この構図は、「益獣」と「害獣」という言葉にも重なる。どちらも動物の本質ではなく、人間に利益をもたらすか、損害を与えるかで決められる呼称だ。豊穣をもたらしていたセイレーンと、人魚を奪われて暴れるセイレーンは、地続きの同じ存在。それでも恩恵が脅威へと裏返れば、共存していた相手はたちまち討伐の対象になる。

 ただし、犯人とは無関係の島民まで襲い、捕らえた者を味噌漬けにしようとするセイレーンを一方的な被害者とは決して言い切れない。そもそも人魚が食べられた事件には、セイレーン自身の無自覚な“罪”も横たわっている。仲間を思う心はあっても、他者の命を自分と同じ重さで扱う倫理はない。誰か一人を明確な悪と決められないまま、それぞれの欲望や過ちが連鎖していくところにも、本作の怖さがある。

 その捉えがたさが凝縮されているのが、物語終盤の「わかったッ」という言葉だ。激辛カレーに苦しむセイレーンに、ハチワレはこれ以上みんなを襲わないでほしいと訴える。セイレーンは何度も「わかったッ」と叫ぶが、その目が捉えていたのは、フタバの体から落ちた単3電池だった。つまりこのシーンは、人魚を食べた犯人が「わかった」瞬間でもあるのだから恐ろしい。

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