『ラストノート』“執着”を描くドロドロ恋愛劇を分析 『昼顔』『あなして』との決定的な違い

 7月から始まった夏ドラマたち。さっそく次々と話題となっているドラマのなかで注目株は、7月9日に始まった『ラストノート』(フジテレビ系)だ。49歳のキャリアウーマン・葵を内田有紀、30歳の悩み多き青年・澄晴をtimeleszの寺西拓人が演じる。一見すると近年増えている“年上女性×年下男性”の歳の差恋愛ドラマに見える。しかし、第2話までを観て感じるのは、むしろ“ドロドロ恋愛劇”としての新しさだ。

 その新しさを語るうえで欠かせないのが、本作のプロデューサー・三竿玲子の存在である。『昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜』(フジテレビ系)では「不倫」を、『あなたがしてくれなくても』(フジテレビ系)では「セックスレス」を軸に、恋愛の綺麗ごとでは済まされない感情を描いてきた三竿作品。そこでは、禁断の恋や夫婦のすれ違いといった、誰もが理解しやすい関係性が物語の入口になっていた。しかし、『ラストノート』は少し違う。物語の始まりにあるのは、「好き」という感情ではない。親友を騙した詐欺師への怒り、新たなカモを探す打算、夢を諦めた喪失感……。許せない、知りたい、利用したい、騙したい。そんな負の感情が幾重にも積み重なった先に、恋愛が芽生えていく構造になっている。

 つまり、本作が描いているのは、「恋愛が人を狂わせる物語」ではなく、「すでに傷を抱えている人間同士が恋に落ちてしまう物語」なのだ。だからこそ、『ラストノート』には従来の泥沼恋愛ドラマとは異なるドロドロさがある。不倫や略奪愛では、恋愛そのものが葛藤を生む。一方、本作では家庭環境や仕事での挫折、過去のトラウマ、人間関係といった、恋愛以外の要素が少しずつ感情を歪ませ、その延長線上に恋愛がある。誰かひとりが悪者なのではなく、それぞれが傷を抱えているからこそ、関係性はより複雑で危ういものになっていく。その危うさを成立させているのが、キャスト陣の新たな一面だ。

 内田といえば、近年は『燕は戻ってこない』(NHK総合)などでも、芯の強さと包容力を併せ持つ女性を演じてきた印象が強い。しかし本作の葵は、穏やかさの裏に諦めや焦燥、そしてどこか打算的な一面を抱えた人物だ。調香師になる夢を失い、元夫がいる職場で働き続ける日々。花の香りさえ感じられなくなった彼女は、決して“救う側”のヒロインではない。誰かに救われたいと願いながらも、その相手を利用しようとしてしまう危うさをまとっている。その曖昧さを、内田は表情や声色のわずかな変化だけで繊細に表現している。これまでの柔らかく上品なイメージがあるからこそ、ふとした瞬間に見せる脆さや計算高さが際立ち、葵という人物に深みを与えているのだ。

 一方の寺西もまた、これまでのイメージを大きく更新している。寺西は舞台を中心にキャリアを重ね、映像作品でも誠実で爽やかな青年を演じることが多かった。しかし澄晴は、人懐っこい笑顔を武器に相手の懐へ入り込み、平然と嘘をつく詐欺師だ。もっとも、単なる悪人には見えない。第2話では彼もまた夢を諦めた過去を抱え、その傷を引きずっていることが明かされた。人を騙す冷徹さと、ふと見せる孤独。その両極端な表情を行き来する寺西の演技は、澄晴という人物を「憎みきれない詐欺師」へと昇華させている。

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