『黒牢城』は徹底してアナーキーな映画だ 黒沢清監督最大ヒットとなった成功の理由を分析

黒沢清監督『黒牢城』成功の理由を分析

 籠城中の城で次々と巻き起こる「怪異」を、城主・荒木村重(本木雅弘)が、幽閉中の黒田官兵衛(菅田将暉)の知恵を借りながら、解き明かしてゆく――敵に包囲された城を「密室」に、幽閉中の官兵衛を「安楽椅子探偵」に見立てた原作小説の醍醐味は、かなり忠実に映画版にも反映されている。しかしながら、この映画が「ミステリ」なのかと問われると、少々言葉に詰まるところがある。少なくとも、菅田将暉が主演した『ミステリと言う勿れ』(フジテレビ系)のような謎解きの爽快感は本作にはない。そこには、事件を再現する「回想シーン」が意図的に排除されていることも関係しているのだろう。敵の戦略や味方の裏切り――城をめぐる状況は刻一刻と変化しており、振り返る余裕などないのだ。「真相」よりも城主としての「求心力」を維持し、部下たちの士気を下げないことが、村重にとっては重要なのだ。

 では、この映画は、一体いかなる映画なのか。気になるシーンが2つある。終盤、村重が心を開いている2人の人物――妻・千代保(吉高由里子)と官兵衛それぞれが、内なる思いを明らかにする、2つの長回しのシーンだ。千代保と官兵衛、それぞれの言葉が、極限状態にあった村重の実存を、激しく揺らがせてゆくのだ。まるで舞台を観ているような臨場感あふれる、動きのある長回しの中で捉えられる村重の姿は、さながらシェイクスピアの悲劇のようである。そう、黒沢監督が本作を撮る上で参考にしたという黒澤明監督の映画『蜘蛛巣城』が、シェイクスピアの戯曲『マクベス』を日本の戦国時代に置き換えたものであったように、本作『黒牢城』は、オーセンティックな時代劇映画であると同時に、革新的なテーマを内包した一作と言えるのかもしれない。

 けれども、この映画が「悲劇」なのかというと、必ずしもそうであるようには思えない。もちろん、『豊臣兄弟!』の第24回「軍師官兵衛!」でも描かれていたように、村重が起こした叛乱は、結果的に千代保(『豊臣兄弟!』では、“だし”の名で山谷花純が演じていた)をはじめ、多くの者たちの命を残酷に奪うことになる大きな「悲劇」ではあった。それによって村重は、後世にわたって「人でなし」の誹りを受けることになる。しかしながら、『黒牢城』のラストシーンは、妙に爽やかではなかったか。城を抜け出した村重と従者たちは、追っ手を退けたあと、山間で一息つく。そして、村重が差し出した竹筒に入った水を回し飲みしたあと、従者たちはひとり、またひとりと村重に別れを告げ去ってゆくのだった。彼らの表情は、いずれも晴れやかだ。それを見つめる村重の表情も。そこにはどうやら、黒沢監督自身の明確なメッセージが込められているようなのだ。

 以前から荒木村重という武将に興味を持っていた黒沢監督は、今回の原作小説を手に取る前から、自分が荒木村重を描くのであれば、最後は解放されるように描きたいと思っていたという。なぜか。それは荒木村重という人間が、「切腹」に象徴されるような「武士の定法」に背いた人物であるように思えたからなのではないか。「すべてを殺す信長に対して、すべてを生かす村重」――そんな村重の行動基準に潜む「哲学」と「野心」を官兵衛は看破する。けれども、そもそも「天下を取る」ことの意味とは何なのか。民を束ねる城主としての責任とは。人身を掌握するための決断力とは。家督を嫡男に譲り「家」を守ることの意味とは。さらには、信じる神の意思に沿った行動とは。人を縛り付け、次第に追い詰めてゆくそれらの価値観を劇中に散りばめながら、その最後のそのすべてから「解放」される人物を描き出すこと。黒沢監督の映画『黒牢城』は、実は徹底してアナーキーな映画なのだ。すべての価値観に亀裂を入れてみせること。そこに、この映画の「現代性」を見ることも可能だろう。無論、最初に書いたように、その「出口」が必ずしもひとつではないところが、本作の何よりの面白さではあるのだが――黒沢映画の醍醐味は、実はそのようなところにある気がしてならないのだった。

■公開情報
『黒牢城』
全国公開中
出演:本木雅弘、菅田将暉、吉高由里子、青木崇高、宮舘涼太、柄本佑、ユースケ・サンタマリア、吉原光夫、坂東龍汰、近藤芳正、矢柴俊博、木原勝利、河内大和、吉岡睦雄、上川周作、前田旺志郎、坂東新悟、荒川良々、渋川清彦、渡辺いっけい、オダギリジョー
監督・脚本:黒沢清
原作:米澤穂信『黒牢城』(角川文庫/KADOKAWA刊)
音楽:半野喜弘
配給:松竹
©米澤穂信/KADOKAWA ©2026 映画「黒牢城」製作委員会
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/kokurojo-movie/
公式X(旧Twitter):https://x.com/kokurojo_movie

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