Netflixが新しい“スターシステム”の場に? 『地獄に堕ちるわよ』『九条の大罪』などの常連組

 地上波ドラマのような大袈裟な演技も、わかりやすい感情表現も要らない。世界配信という広範なマーケット環境を意識しつつ、比較対象としてはテレビではなく、ハリウッド映画のクオリティを追求する。豪華絢爛な美術セット。ロー・キーの画面も辞さない撮影。演出にも日本映画の一線級監督たちが招聘されてきた。『九条の大罪』の土井裕泰、『地獄に堕ちるわよ』の瀧本智行、『地面師たち』の大根仁、『全裸監督』の内田英治、『幽☆遊☆白書』の月川翔、『極悪女王』の白石和彌、そして『阿修羅のごとく』(2025年)『舞妓さんちのまかないさん』(2023年)の是枝裕和。錚々たる顔ぶれが並ぶ。

 それはかつての映画撮影所の姿をゆるやかに再現したものなのか。撮影所は東京や京都の郊外に広大なスタジオを構えて、専属俳優、専属スタッフを数多く抱え、量産体制を整えていた。上述のNetflix常連俳優たちが往年の撮影所システムのように専属契約にまで至るかというと、そこまでにはならないだろう。ただしスタッフやプロダクションのレベルでは独占契約、包括契約が進行しつつあり、監督では大根仁、プロデューサーでは磯山晶、MEGUMIが複数年契約を締結し、藤井道人監督を擁するBABEL LABEL社が5年間の包括契約を結んだ。

『地獄に堕ちるわよ』 Netflixにて世界独占配信中

 Netflix日本法人とのこうした契約形態によって、安定した経済基盤を得たクリエイターたちがいるのはまちがいない。いっぽうで印税支払い、著作権の扱いについては同社に対して厳しい批判的な目も向けられている。日本のクリエイターたちはNetflixと結んだ契約において、再生回数に応じた追加報酬が支払われる他国並みの待遇(つまり、映画における二次利用報酬に当たる)を保障されていない。「地上波より高額なギャラを払っているから問題ないはず」というのがNetflix日本法人の言い分だが、それで本当に良いのかどうか、より透明性のある議論がぜひとも必要である。

 Netflix日本製ドラマが全世界で真に大成功した例は、実は『今際の国のアリス』と『First Love 初恋』だけだといわれて久しい。今期の『九条の大罪』も『地獄に堕ちるわよ』もグローバルランキング(非英語部門)でトップテン入りは果たしたものの、韓国・スペイン・フランスの非英語圏ビッグ3が生み出す人気シリーズに太刀打ちできているわけではない。ただし、ビッグ3に次ぐ実績も着実に積み上げてきたため、ディズニープラスの『SHOGUN 将軍』(2024年)をも凌ぐ日本ドラマがいつ誕生してもおかしくはない状況下にはある。

 そのとき、『SHOGUN 将軍』の穂志もえかのように、国内よりも先に国際的名声を獲得するケースも起こりうる。筆者の見立てでは、『地面師たち』、『九条の大罪』、『This is I』の吉村界人が第2の穂志もえかになる可能性はなくはないと思う。

『地獄に堕ちるわよ』 Netflixにて世界独占配信中

 筆者は当サイトの『地獄に堕ちるわよ』レビューの中で、同作がどちらかというと日本国内向け作品であること、つまりワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の独占配信によって集めた大勢の中高年層の新規加入者を繋ぎ止める役割を『地獄に堕ちるわよ』が担うよう何年も前から計画されていたはず、と分析した。これに対し、より広範な国際的成功を視野に入れた企画も長年にわたって試されてきた。その最新の一例が『This is I』である。

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 トランスジェンダータレントのはるな愛と、彼女の性別適合手術を施した形成外科医との長い信頼関係を描く『This is I』はLGBTQ+作品として非常に質の高い出来栄えであり、グローバルランキング(非英語部門)でトップテン入りし、はるな愛を演じた望月春希への賞賛も寄せられている。プリンセス プリンセス「Diamonds〈ダイアモンド〉」、松田聖子「SWEET MEMORIES」、渡辺美里「My Revolution」といった往年のJポップ楽曲が、はるな愛の成長に合わせてエア・ミュージカル形式で連打されることも、昨今の欧米のニッチ市場におけるJポップ再評価の機運に沿っている。

 『This is I』はIMDbのユーザーレビューでも「Masterpiece(傑作)」「Absolutely beautiful(本当に美しい)」「make sure you have tissues(ティッシュを忘れずに)」といった賞賛が並ぶ。日本でも初登場後2週連続で1位を獲得した。性別適合手術の是非をめぐる内容であり、その意味で2025年にヒットした映画『ブルーボーイ事件』の続編的な内容ともいえる。トランスジェンダーの役はトランスジェンダー当事者が演じるべきという議論がかねてからあるが、『This is I』については、はるな愛自身の全面的関与によって成立した作品なので、その批判は当たらないといったんは考えておく。はるな愛を演じた望月春希がとにかく魅力的であり、オーディションで抜擢されたこの無名の新人が世界的スターに躍り出る可能性もゼロではない。

 Netflixは今後も、『地獄に堕ちるわよ』のように主として国内市場をメインターゲットにした路線と、『This is I』のように国際的ニッチ市場で支持される路線を並走させながら、韓国・スペイン・フランスの非英語圏ビッグ3に切り込む機会を伺い続けるはずである。日本には、渡辺謙、真田広之といった既存スター以外に世界的知名度を有する俳優が不在である以上、今後も主演には冒険的かつ新鮮なキャスティングによってスター発掘が試みられ続けるだろうし、助演にはNetflixの現場進行に精通した常連が重用され続けるだろう。筆者の願いは、今後も膨らんでいく同社の利潤が、現場を担う人材へ広く還元されてほしいという一点に尽きる。

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