『ばけばけ』は朝ドラヒロイン“じゃないほう”の物語だった 明治を生きた女性たちのリアル

父・司之介(岡部たかし)が商いの失敗から多額の借金を抱え、物心ついたときから働き詰めだったトキ。銀二郎(寛一郎)を婿に迎えるも、あまりの貧窮から結婚生活は破綻。その後、実母・タエ(北川景子)が物乞いをするまでに零落してしまったと知り、トキはラシャメンになる覚悟でヘブンの女中になることを決めた。
物語序盤で、トキは不幸のどん底にいるかのように見えた。しかし長屋のすぐそばの遊郭で働くなみは、もっと絶望的な立場だったのだ。このドラマは「苦しい立場にいるように見える人よりも、もっと苦しい人がいる」「一見幸せそうに見える人でも、表からは見えない苦しみを人知れず抱えている」という真理を常に描き続けてきた。
松野家に比べれば借金の額は少なく、長屋住まいにはなったもののサワを学校に通わせるお金はあった野津家。サワは、代用教員ではあるが、念願だった小学校の教師の職に就くこともできた。それでも、トキがヘブンと結婚して「シンデレラ」となれば、嫉妬の感情を抑えることができない。
武士の名家に生まれ、御一新の世でも商いで成功し「勝ち組」となる傳(堤真一)に嫁いだタエ。自らの手で襖すら開けたことがなかった彼女は、その「お姫様体質」ゆえに、零落後は物乞いになるよりほか生きていく術がなかった。
かつてヘブンに想いを寄せていたリヨ(北香那)は都知事の娘として何不自由なく育ち、留学まで経験し、自由奔放に生きて何の悩みもないかのように見えた。けれど、喉から手が出るほどに欲しいと願った「ヘブンの心」は手に入らなかった。

ヘブンの同僚・ロバート(ジョー・トレメイン)の妻・ラン(蓮佛美沙子)は英語が堪能で西洋の作法も完璧に会得し、夫と対等に議論ができる自立した女性。トキは彼女に羨望の眼差しを向けていた。しかしランの本音に耳を傾けてみれば、ロバートと生涯を添い遂げられる保証はなく、ランの運命はすべて夫の動向しだいという、寄る辺なき身の上であることがわかる。
トキの母・フミ(池脇千鶴)は、出雲大社の上官の家の出だが、松野家に嫁いでからは苦労が絶えなかった。司之介との間に子を授かることができず、雨清水家からトキを養子にもらった。「なんとしても松野家を存続させねばならない」という勘右衛門(小日向文世)の「家制度」への執着に苦しめられたのは、実はトキよりも司之介よりも、フミだったように思う。
トキの産みの母ではないという負い目。実母であるタエに時おり抱く対抗心と嫉妬心が入り混じった感情。トキを育てたのは自分であるという、譲れない意地。それらを台詞以外の芝居で、池脇千鶴が見事に表現していた。しかし、さまざまな家族の紆余曲折を経て、ゆっくりと時間をかけて、フミは「家」の呪縛から少しずつ解き放たれていく。

物語終盤で、トキとヘブンと息子の勘太は共に雨清水の籍に入ることになる。その背中を押したのがフミであった。トキの口から「松野だろうが雨清水だろうが、父上が父上で、母上が母上なのは、変わらん」という言葉が放たれたとき、長年フミの中にあった「うらめしさ」がやっと昇華された。
『ばけばけ』の物語の中で明治の世を生きた女性たちは、それぞれが七転び八起きしながら、少しずつ自分で選択をして、ゆっくりと「ばけ」ていった。
サワは、互いに自立したパートナーという、理想の結婚にたどり着いた。なみは、自分を身請けしてくれて、心から愛してくれる夫にめぐり合った。
スピンオフの2本目「オウメサン、オカミ、シマス。」で主人公となったウメ(野内まる)にとって、花田旅館の仲居として働き続けることが、彼女が決めた生き甲斐であり「幸せのかたち」だった。序盤で錦織(吉沢亮)からヘブンの女中にならないかと打診されたときも、即答で断っていたウメ。きっとその頃から彼女の軸はブレていないのだろう。
「その後」が描かれなかったリヨやランも、自分で選択をして、自分だけの「他愛もない、スバラシな毎日」を見つけて幸せになっていることを願わずにはいられない。
参照
※ https://www.lmaga.jp/news/2026/01/1017817/
■配信情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHKオンデマンド、NHK ONEにて配信中
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK





















