『ばけばけ』でトミー・バストウが体現する日本観 小泉八雲『知られぬ日本の面影』を解説

「日本人の微笑」に刻まれた沈黙の感情

感性でいうなら、同じ『新編 日本の面影』に収録されている「日本人の微笑」がなかなかに深淵に迫っていて面白い。「日本人の微笑は、念入りに仕上げられ、長年育まれてきた作法なのである。それはまた、沈黙の言語でもある」という書き出しで、嬉しい気持ちを表す時もあれば、悲しみを思い出に変えて生きていこうとしている人の前向きさを表す時もあることを紹介している。
恩人の西洋人を怒らせ、深く謝ったものの侮蔑され殴られたサムライが微笑を絶やさないまま辞去し、その夜のうちに腹を切ったというエピソードを紹介するあたりからは、無念さを耐え忍びながら自分を律している、日本人の微笑の奥深さが感じ取れる。いずれも読んで日本に育った人なら理解が及ぶエピソード。そこに、日本人に対するハーンの真摯な探求ぶりが伺える。
日本探訪では、出雲からさらに先の日御碕を尋ねた「日御碕にて」という文章が、『新編 日本の面影Ⅱ』に入っている。大国主命が投げたという巨岩が見られる「つぶて岩」の伝承を盛り込んで日本通ぶりを見せ、道中に見たイカを干してある様子も紹介するといった具合に、海外時代からの売れっ子紀行文作家としての筆致を発揮している。
日御碕神社の紹介も現地の様子が当時の姿で目に浮かんでくるようだ。「社殿中の上品な部屋の美しさは、まるで宝石箱のようである。技術を尽くした建物の造りは、朱と金の漆で塗り固められ、祭壇は、彫り物と彩色で見る者の目を楽しませ、天上には、夢のような雲と竜とが群れている」。
『ばけばけ』でヘブンが訪れるのかは分からないが、モデルとなったハーンが行って見たその絢爛さが、1891年8月10日の訪問から135年経っても残っているのかを確かめたくなる名紀行文だ。
日本の食事を喜んで口にしていたハーン

その日御碕神社の宮司の家で、ハーンは日本酒と食事でもてなされた。「出された料理に珍しいものがあり、私は忘れることができない。最初はホーレン草かと勘違いしたものだが、実は上手に料理された海藻であった」。もずくだった。
このようにハーンは、結構喜んで日本の食事を口にしている。『新編 日本の面影Ⅱ』には、ハーンの妻となったセツこと小泉節子の「思い出の記」が収録されていて、そこに「学校から帰るとすぐに日本服に着替え、座蒲団に坐って煙草を吸いました。食事は日本料理で、日本人のように箸で食べていました」と書かれている。
気になるのは、『ばけばけ』ではトキと結婚した後、ヘブンは出される日本の食事を美味しそうに食べているように見せながら、トキに内緒で山橋才路(柄本時生)が営む山橋薬舗に潜り込み、ステーキを食べていたこと。セツが書く「何事も日本風を好みまして、万事日本風に日本風にと近づいて参りました。西洋風は嫌いでした。西洋風となるとさも賤しんだように『日本に、こんなに美しい心あります、なぜ、西洋の真似をしますか』というという調子でした」というハーン像は美化されたものなのか。そんな疑問も浮かぶ。
セツとの結婚後にハーンの家に入った女中が、後に聞き取り調査でハーンは西洋料理店からビーフステーキを取り寄せて食べていたと証言していたということもあって、ヘブンとトキの関係を深めるために取り入れた文字通りにドラマチックなフィクションとは断言できない。それでも、長く暮らすことになるセツが書いている以上、後のハーンの生涯において日本びいきはより深まったと考えるのが良いかもしれない。
『ばけばけ』でヘブンとトキは士族屋敷へと引っ越し、司之介(岡部たかし)とフミ(池脇千鶴)といっしょに暮らし始める。一方、セツによる「思い出の記」では、「私どもと女中と小猫で引っ越しました」とあって、この猫を拾った逸話が紹介されている。近所のいたずらっ子たちが水に沈めては上げて虐めていたのを見かねてセツが引き取り、連れ帰ったところ「おお可哀想の小猫むごい子供ですね―」と言ってびしょ濡れの猫を懐に入れて暖めたという。「その時私は大層感心致しました」。
猫は玉と名づけられてハーンとセツに可愛がられたという。2人の生涯を描く上で結構重要なエピソードだけに、ヘブンとトキのドラマでも描かれるのかが、目下の全国の猫好きたちの関心事だ。
■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK





















