2025年を振り返るアニメ評論家座談会【前編】 IPの世界的人気は“2016年の再来”か?
テレビ放送の弱体化(海外制作アニメと配信モデル)
――いまお話に挙がった『TO BE HERO X』や、『ナタ 魔童の大暴れ』といった中国制作のアニメも、今年は話題となりました。
杉本:『ナタ 魔童の大暴れ』は別として、アニメがグローバル化していくにつれて、日本のアニメに近いルックは求められるけど、原作自体は日本じゃなくても大丈夫だというプロデュース的な判断は、特にソニーグループでは増えている気がします。そういう意味では中国アニメは日本国内の制作キャパシティの問題も含めて、日本のアニメでは補いきれないニーズを埋める存在としてプロデューサー側がかなり注目している状況にあると思います。
藤津:アニプレックスはかなり積極的ですよね。『羅小黒戦記』にもかなり早い段階で手をつけていたし、『時光代理人』もやっています。
杉本:国内の制作力がほぼ限界まで来ているという事情がよくわかっているんだと思うんですよね。なので、必然的に海外に活路を求めるという感じになってます。中国のアニメの主流はどちらかというと『ナタ』的な3DCGですが、手描きのスタッフも優秀な方たちがかなり育ってきています。
『TO BE HERO X』はなぜ2Dと3Dを融合させたのか? リ・ハオリンが明かす自身のルーツ
中国のアニメ監督で日本で最もよく知られているのは、リ・ハオリンだろう。これまで、『時光代理人 -LINK CLICK-』や『天官…藤津:『羅小黒戦記』のスタッフのインタビューなどを見ると、3D制作の会社が多いから、2Dのアニメーターの働き先が限られているみたいなんですね。ただ『The Storm(大雨)』や香港の『Another World(世外)』など手描きでも大作は出てきているので、描きたい人自体はいるのだと思います。
渡邉:『TO BE HERO X』は、題材的にも日本でここ数年ずっとトレンドだったヒーローものだったのが良かったのかもしれませんね。
杉本:2Dと3Dという異なるルックを混ぜるというスタイルも面白かったですね。日本でどれくらい人気だったのかはわからないのですが、ここで重要なのは配信がビジネスの中心なので日本のテレビ放送でヒットしたかどうかはそこまで問題ではないことなんですね。にもかかわらずこれからもテレビアニメのフォーマットを守り続ける意味は、果たしてあるのかということも今後問われると思います。『タコピーの原罪』は毎週配信のみで展開するというトライをしていましたが、これは「アリ」ですよね。
藤津:ビジネス的には「アリ」なのですが、キャラクターを売っていきたいと思うと届く範囲が少し狭いというのがネックになる。配信ビジネスはBtoBなんですよね。先ほどもお話に挙がりましたがビジネスの座組が決まると制作前にリクープできてしまい、そこで完結してしまう。DVD、Blu-rayを売っていた時代や他のアニメの場合、あとは映画だとBtoCなので、お客さんにいかに認知してもらうかという過程のなかでグッズなどの付随するビジネスを生むことが可能だったわけですが、配信だとそうはならないんですね。
杉本:一方でテレビアニメのフォーマットが窮屈そうに感じる作品もいくつかありましたね。『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』(以下、ジークアクス)なんかは、もう2、3話あったほうがいいのではないかという雰囲気を感じました。
藤津:以前の取材の中で、「今のカラーに2クール作る体力はないだろう」というお話が出たことがあります。ただ放送フォーマットに縛られないと、1話を5分長く作ることはできると思うんですね。実際、『ジークアクス』は終盤のほうで配信版とテレビ版では、クレジットを入れる場所が違うことで尺が違うことになったりしていました。
杉本:そうなると、いくつかの作品はそろそろテレビのフォーマットから解放されていく必要があるんじゃないかという気がするんです。日本の人たちは テレビアニメがどういうものかわかってるからいいと思うのですが、配信で観る世界中の方たちは、途中にあるアイキャッチなんかは特に意味不明なのではないかという。 最近ではCMが入る場合もありますが(笑)、配信ではCMがないわけで。
藤津:『DEVILMAN crybaby』も10話構成ですが、第9話だったと思うんですが、ほかより2〜3分長いんですよね。 テレビだとそんなことは許されない。そのとき聞いた話では Netflixはフォーマットや定尺がないそうです。そのほうが作品に沿うことができる一方で、少なくとも日本の場合ではテレビで流すことの強さを捨てるのが難しい。テレビの需要自体は減っていますが、 やはり何かブレイクスルーが必要なのだと思います。
杉本:徐々に捨てる素地は整ってきているのでは、と僕は感じています。テレビのフォーマットだと技術的にも難しいところが多いですよね。音響はステレオ2chだし、表現の限界もルックの問題を含めて前景化してくると思います。恐らくこれから、テレビアニメでもカラーグレーディングが当たり前の時代になっていくじゃないですか。そうなってくると、テレビの放送波に載せるということそれ自体が表現を損なうことになるわけです。配信のほうが綺麗に映るとなった場合、いよいよテレビで放送する意味が問われますよね。
藤津:カラーグレーディングをする作品が増えていくというのは同意見です。ただ、テレビ放送って思っていたよりも強いというか、しぶといんですよ(笑)。もっと早く変わるかと思ったら、意外にそうでもない。とはいえ徐々に弱くなっているのは確かで、かつてのアニメと放送局の権力関係がかなり変わっているみたいですね。最近は在京キー局の作品でも「クオリティアップ」ということでお休みが入ったり、放送延期したりするわけですけど、これは昔は許されなかったですよね。
渡邉:私も基本的には杉本さんと同じ意見で、どんどんアップデートすればいいのではないかという立場です。今のアニメとテレビは、80年代の映画とミニシアターの関係に近いのかもしれませんね。中小規模の映画というのはビデオだけでも成立するけれど、1日、1週間だけでもミニシアターで上映することで劇場公開作品というステータスがつく、というような。アニメにおいてもテレビ放送はオールドメディアのもつ価値付けという意味で機能しているように思います。
杉本:ただテレビアニメが素晴らしかったのは、早い時期にテレビ局に頼り切った事業モデルから脱したことですよね。むしろテレビ局が、テレビ局に頼っていないアニメの力を必要としている状況に変わっている。藤津さんがおっしゃったように、力関係としては明らかに変わりましたね。
藤津:『けいおん!』の第2期って、TBSは28局全局で放送しているんですね。劇場版『けいおん!』がヒットした際に、これで編成の評価も上がるんじゃないですかとTBSのプロデューサーに聞いたことがあったのですが、そのときに言われたのは「深夜帯のわずかな視聴率なんて編成局は気にしてないよ」ということだったんですね。そこから十数年経って、そうも言っていられなくなってきている。
杉本:テレビ局の決算資料を見ると、放送収入は年々下がっています。それを埋めるだけの放送外収入を稼げるものが、現状アニメとドラマしかないんですよね。
藤津:そのうちドラマはテレビ局に紐づいて制作してきたから、意外に独立した力がないんですよね。逆にアニメは割と早い時期にテレビから戦力外通知を受けたことで、独自に食う仕組みを作り上げたところが強かった。
杉本:『国宝』もテレビ局が入っていないですし、今年の映画ではテレビ局の力に頼らないヒットが目立ちました。そういう意味でもメディアの王様だったテレビの終わりの始まりの年というのは間違いではない気がしています。
『鬼滅の刃』と『国宝』の対照的なヒットを解説 共通項は“日本的意匠”と細部へのこだわり
今年の夏の2大ヒット作となっている『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』(以下、『鬼滅の刃』)と『国宝』。かたや国民…渡邉:そうですね。特にいわゆる「アニメ」と呼ばれる戦後日本の商業アニメーションは、日本初の連続テレビアニメである『鉄腕アトム』から出発したと言われていますが、だとすると、アニメとテレビの力関係の変化は、アニメにとって本当に根本的なパラダイムシフトになるのかもしれないですよね。
藤津:テレビのビジネスがアニメに頼ろうとしている結果、アニメの話題作におけるテレビの存在感は、圧倒的ではありませんがまだ強い。「メディアの王様」からは脱落するけれど、コンテンツ制作の主要プレイヤーではあり続けるというところが見えてきたのかなと思います。
――今年のアニメ産業レポートでは、2024年のアニメ産業市場の規模で海外市場が国内市場を大きく上回るかたちになりました。国内のテレビ放送が弱くなってきたこととも関係しているのでしょうか。
杉本:そうですね。事業の中心としてプレイヤーが想定するのが、国内ではなく海外へ完全に移っていくということになるとは思うのですが、『無限城編』や『レゼ編』のヒットに象徴されるようにその始点は日本国内にあることが多いです。ただ同時に『俺だけレベルアップな件』のように、日本ではヒットしなくても海外でヒットすればリクープ可能な状況が生まれてきているので、日本のファンに向けているわけではない企画は今後続々と出てくるでしょう。もちろん一長一短ではありますが、作品の多様化という点では良いことだと思います。
藤津:いわゆる「異世界もの」、例えば『転生したらスライムだった件』は国内向けだと思われていたけれど海外でも人気になりましたね。いわゆる「なろう系」と呼ばれる作品はネガティブな意味も込みで、極めてドメスティックなものだと思われてきたし、特殊な国内の需要から生まれたために世界では通用しないとも言われてきました。けれどそれが意外と海外でも競争力を獲得し、通用していくようになったのがここ10年で、その成果としての数字なのだと考えています。ただそうなると、今度はどこかで「飽き」による揺り戻しが来るのではないかという問題があるとも思います。日本のアニメを作る国は日本だけではなくなっているので、「飽き」によるアニメ離れがきたとき、海外の作る“アニメ”が個性的に見えて有利になる可能性はある。
渡邉:これまで日本ではメディアミックスが海外とはまたちょっと違う感覚で使用されていると言われてきましたが、世界的な現象になってきた。メディアミックスの感覚がもはや日本だけのものではなくなったように思います。ゼロ年代に流行した「セカイ系」という作品の特徴も、近年では海外のコンテンツの一部にも見られるという指摘もありますが、かつて日本的だと思われていたものが案外そうでもない、という現象はここ数年さまざまなところで起きているような気がします。
杉本:そうですね。この先人口が減っていくことを考えると、国内市場がこれ以上成長することは難しそうですし、国外の比率はますます増えていくことは間違いないでしょう。そのうえで、どのように国外市場と上手く付き合っていくのかというのは繊細なバランス感覚が企画側に求められていくと思います。
藤津:世界全体と国内という対比はやはり難しいですよね。僕がずっと思っているのは、国内ではなくなんとなく価値観が近い東アジアくらいの規模感で考えるべきではないかということです。東アジアに向けて東アジアで制作して、それが北米やヨーロッパでも売れるという構図になるとよいと思っています。
杉本:「海外」とひとまとめにするのではなく、各地域の嗜好をしっかりとデータを取って分析しながら、細分化していくのかもしれません。プロモーションも、今は日本用のキービジュアルを翻訳している場合がほとんどですが各国向けのポスターを制作するような、各国に合わせていく工夫が求められるのだろうと思います。
渡邉:スタジオジブリも、海外ではサブスクで解禁されたことで海外のほうでどんどんファンが増えていて、海外のアニメーターにも影響を与えているようですね。一方で国内ではサブスクがないし、『金曜ロードショー』(日本テレビ系)でしか観られないから知名度が落ちつつあるという逆転現象が起きていますね。リアクションペーパーなどを見ていると、ジブリ作品は親に「観させられました」というコメントがあったりするんですね。いま、ジブリってそういう立ち位置にいるんだという(笑)。そのことも国内の戦略が迷走している象徴の1つと言えそうです。