『遠い人』を今宵の一杯と 玉田真也監督×NORMEL TIMESによる“営業時間外”の映画体験
『遠い人』における、他者と向き合うための“営業時間外”
本作は、ウイスキーとその周辺の文化を愛する人々によるウェブメディア・NORMEL TIMESが世に放つ、映画企画の第1弾だ。ちょうど一杯のウイスキーを飲み切るくらいの間に観ることができる短編映画ーー“ウイスキー一杯分の映画”ーーをコンセプトとして掲げ、『僕の好きな女の子』(2019年)や『そばかす』(2022年)、この2025年には『夏の砂の上』が公開された玉田監督とのタッグが実現した。作品のテーマになっているのは、NORMEL TIMESのテーマでもある“営業時間外”だ。絶妙にねじれた関係性にある者たちの旅を描くため、ふたりをつなぐ人物の不在、文化的な背景の違い、そして、社会的な立場の差異をキャラクターに反映させている。
休日でも仕事のことが気になり、心からオフを楽しめないという方は少なくない。美弥子の姿に日頃の自分を重ねる人はそれなりにいるはずだ。しかし彼女が辛そうな表情をのぞかせたり文句を口にすることはないから、仕事が好きなのだろう。あるいは、“オフ=営業時間外”の概念をそもそも持ち合わせていないのかもしれない。けれどもこの旅には、他者の存在がある。ルイユンは初対面の他人だが、同時に特別な存在であるのは間違いない。であれば異国の地で心細さを抱えているルイユンを尊重すべきだろう。他者を労わることは、回り回って自分をも労わることにつながるものだから。
そんなルイユンと美弥子だが、やがてふたりは心を通わせることとなる。そのカギとなるのは何か。ルイユンが手土産として持参した、ジャパニーズウイスキーの「白州」だ。
彼女は物語がはじまってすぐにこれを美弥子に渡そうとするが、どうにもうまいこと受け取ってもらえない。行き場を失った「白州」はルイユンのバッグの中へ。人気のジャパニーズウイスキーも赤面である。だが再び姿を現すこの「白州」こそが、ふたりをつなぐはずだった恋人/息子の代わりにその役割を担うことになる。
先述しているように、これはルイユンから美弥子へのギフト。受け取ってもらえない「白州」はふたりの断絶を端的に示し、やがてふたりが酌み交わすさまは心の交歓を示している。後者に関してはふたりの背後にカメラが据えられているため、彼女たちの表情を確認することはできない。けれどもこのお酌という行為(=酒を注ぐアクション)こそが、彼女たちの関係性の変化を鮮やかに物語っている。こうした美しいシーンを眺めながら、特別な誰かと特別な一杯を愉しむのもありだろう。
何でもない映画といえば、たしかにそうだ。しかし同時に、こういった趣向を凝らした瞬間が連続する豊穣な映画でもある。口の中で風味が広がり、静かに表情を変えていく一杯のウイスキーのように。NORMEL TIMESは今後もこの企画を続けていくらしい。次なる作品はどのようなものか。どんなウイスキーと合うのか。酒と映画が好きでたまらない私は、「白州」を味わいながら夢想する。この慌ただしい日々が愛おしいものになりそうだ。次の“営業時間外”を夢見て。
■公開情報
『遠い人』
「NORMEL TIMES」サイト内にて、公開中
出演:坂井真紀、李夢苡樺、祷キララ、関口アナン、中山雄斗、笠島智、市川しんぺー、岩谷健司
脚本・監督:玉田真也
製作:NORMEL TIMES/CINEMORE
企画:SHIKI INC. /株式会社 AD ASTRA
制作プロダクション:太陽企画株式会社/TOKYO
公式サイト:https://www.normeltimes.jp/
公式Instagram:https://www.instagram.com/normeltimes_jp
公式X(旧Twitter):https://x.com/normeltimes_jp