『ペリリュー』はなぜ戦争映画のハードルを越えられた? “英雄譚”にしなかった物語の力

板垣李光人×中村倫也がもたらす、“生身の人間”としてのリアリティ

そんな「3頭身の兵士たち」に、生身の人間のリアリティを与えたのが、主演・板垣李光人と中村倫也をはじめとする声優陣の演技だ。
主人公は漫画家を志す繊細な田丸。どこか浮世離れした優しさと、極限状態で筆を執る芯の強さ。板垣の透明感のある声は、戦場における田丸の存在感を際立たせている。そして、田丸の相棒となる吉敷を演じる中村。ずば抜けた戦闘力やセンスを持ち合わせた勇猛な兵士でありながら、田舎に残した母や妹を想う素朴な青年。頼れる「兄貴分」としての強さだけでなく、ふと見せる若者らしい弱さなど吉敷が持つ魅力を、中村の抑揚を抑えつつ、その奥に感情を持たせる絶妙な演技が際立たせていた。
そのほかの登場人物も演技が自然で、だからこそキャラクターではなく、実在した誰かの人生を目撃しているようなドキュメンタリー性を持つ本作。実際に起きた「ペリリュー島の戦い」を基にしながら、それでもフィクションとして作られた物語なのだが、そのドキュメンタリー性の正体であり、最大の魅力と感じるのは、原作者・武田一義が作品に持たせ続けていた“俯瞰性”なのかもしれない。
“英雄譚”ではなく、日常と“狂気”を淡々と描く魅力

本作が戦争映画としても他の作品と一線を画すのは、キャラクター設計だけにとどまらず、戦闘シーン以上に戦場における“人間としての当たり前の営み”が丁寧に映されていることだ。
描かれるのは、派手な作戦の成功や、敵兵への憎悪だけではない。終わらない持久戦の中での、耐え難い空腹。強烈な喉の渇き。隠れる場所もない中での排泄の悩み、恥じらい。そして、死と隣り合わせの中でさえ訪れる退屈や喜び、どうしようもないホームシック。

食料も物資もない状態で、敵兵が動き回るジャングルをどう生き延びるのか。当時は一体どうしていたのか。教科書の戦争についての記述の中では、割と備考としてしか記されないような、しかし最も気になる部分とも言える彼らの日常の営みが、本作では主題として描かれる。だからこそ、本作は面白い。彼らは「日本兵」という記号ではなく、「たまたま前線にいる近所のお兄さん」くらい、普通の人間として描かれている。だからこそ、彼らの感情に寄り添えて、それと同じくらいだんだん“話が通じていたはずの人と通じ合えなくなってしまう”恐怖や、戦争が人間を狂わせていく実感を感じることができる。それが、本作の大きな魅力だろう。
劇場版では、そうした耐久している彼らの生活描写が、アニメーションの動きと音によってより生々しく迫ってくる。咀嚼する音、水を飲む喉の音、虫の羽音。それらの「生の音」が積み重なるからこそ、さっきまで生きていた仲間がサクッと目の前で死んでしまうような現実の恐ろしさと喪失感が凄まじい。
タイトルの「楽園」が示す通り、舞台となるペリリュー島は美しい珊瑚礁に囲まれた南の島だ。スクリーンの大画面いっぱいに広がる、透き通るような青い空と海、鮮やかな緑のジャングル。その圧倒的な「美しさ」の中で、泥と血にまみれていく若者たち。平和な自然音と、耳をつんざく爆撃音の対比や色彩のコントラストは、観る者に問いを抱かせる。「なぜ、こんなに美しい場所で、人同士が殺し合わなければならなかったのか」と。
それでも、これだけ重いテーマを扱いながら、本作は徹底して客観的な視点を保ち続けている。原作の武田は、作品を通して特定のイデオロギーを押し付けない。やはりただ淡々と、そこで何が起き、彼らがどう生き、どう死んでいったかを描写する。あくまで、戦争というものが人の精神をどう狂わせていったのか、その様子を私たち観客に見せるのだ。だからこそ戦争映画特有の説教くささもなくて、物語としての純粋に楽しむことも、それを大きな絵として捉え、さらに何かを深く考えることもできる。この託され方が、心地いい。

『ペリリュー ー楽園のゲルニカー』は自分自身が戦争を知らない世代が、戦争を知らない世代に向けた作品として、やはり圧倒的に観やすく、痛切な手引きとしても素晴らしい作品だ。だから「戦争ものだから」と敬遠している人にこそ、観てほしい。
そこで描かれるのは、遠くに感じる知らない誰かの英雄譚ではなく、私たちと何も変わらない普通の誰かが、懸命に生きようとした「日常」と「狂気」の記録なのだから。
■公開情報
『ペリリュー ー楽園のゲルニカー』
全国公開中
キャスト:板垣李光人、中村倫也、天野宏郷、藤井雄太、茂木たかまさ、三上瑛士
原作:武田一義『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』(白泉社・ヤングアニマルコミックス)監督:久慈悟郎
脚本:西村ジュンジ・武田一義
キャラクターデザイン・総作画監督:中森良治
プロップデザイン:岩畑剛一、鈴木典孝
メカニックデザイン:神菊薫
美術設定:中島美佳、猿谷勝己(スタジオMAO)
コンセプトボード:益城貴昌、竹田悠介(Bamboo)
美術監督:岩谷邦子、加藤浩、坂上裕文(ととにゃん)
色彩設計:渡辺亜紀、長谷川一美(スタジオ・トイズ)
撮影監督:五十嵐慎一(スタジオトゥインクル)
3DCG監督:中野哲也(GEMBA)、髙橋慎一郎(STUDIOカチューシャ)
編集:小島俊彦(岡安プロモーション)
考証:鈴木貴昭
音響監督:横田知加子
音響制作:HALF H•P STUDIO
音楽:川井憲次
主題歌:上白石萌音「奇跡のようなこと」(UNIVERSAL MUSIC / Polydor Records)
制作:シンエイ動画 × 冨嶽
配給:東映
©武田一義・白泉社/2025「ペリリュー ー楽園のゲルニカー」製作委員会
公式サイト:https://peleliu-movie.jp/
公式X(旧Twitter):@peleliu_movie
公式Instagram:peleliu_movie
公式TikTok:@peleliu_movie





















