なぜタイムリープに“助走”と“ジャンプ”が必要なのか? 今再考したい『時をかける少女』

今再考したい『時をかける少女』

 その波紋は最初は小さな事件を呼ぶに過ぎないが、やがて大きな形を持って迫ってくる。それが功介の自転車事故だ。避けてきたはずの危機が、別の形になって膨らみ、友人の命を脅かす。真琴はそこでようやく、タイムリープがやり直しのための魔法ではなく、現実を動かすひとつの選択であることを心の底から痛感する。

 逃げれば逃げるほど、取り返しのつかないものが増えていく。その実感が伴ったとき、真琴は「逃げるための走り」を止める。

 真琴の成長は、千昭が未来からこの時代へ来た理由とも自然につながっていく。キーになるのが、千昭が見たいと願った絵画「白梅二椿菊図」だ。

 「川が地面を流れているのを初めて見た。自転車に初めて乗った。空がこんなに広いなんて知らなかった。なにより、こんなに人がたくさん居るところを初めて見た」。千昭が口にする“初めて”の数々は、未来の世界からどれほど自然や人の営みが失われているかを物語っている。どういう背景があったのかは詳しく描かれないものの、人が集まり、季節が巡り、なにげない生活が息づく場所は、千昭の住む未来にはもう存在しないのだろう。

 魔女おばさんの話によれば、絵は大戦争と飢饉の時代に描かれたものだという。未来の千昭が見てきた荒廃した世界と、かつての貧しい時代。それらは直接つながっているわけではないが、「過酷な状況の中でなお、人が心を失わずにいられるのか」という問いを共有しているようにも思える。

 「見ていると心がゆるやかになる」と魔女おばさんが語るように、その絵には、混乱の時代を生きた人々が一瞬だけ取り戻した安らぎが刻まれていた。千昭は結局、その絵を目にする前に未来へ帰らざるを得なくなるが、真琴や功介と過ごした夏の日々、3人で笑い合った何気ない時間こそが、彼にとっての答えになっていたはずだ。絵が伝えようとしていた穏やかな時間の価値を、千昭はすでに体験していたのだから。

 ラストで真琴が口にする「絵がずっと残るようにしておく」という言葉は、未来に帰ってしまう千昭との約束であり、同時に自分自身への宣言でもある。時間は誰も待ってくれない。それでも“この瞬間にどう向き合うか”は、自分で選べる。その姿勢を手に入れたとき、真琴はようやく“回避する主人公”を卒業し、“前に向かって進む主人公”として物語を走り抜けていく。

 『時をかける少女』が今も愛され続けるのは、真琴が示したその変化が決して特別な少女の成長ではなく、私たちが日々の中で少しずつ掴み取っていく変化と地続きだからだろう。未来は突然変わるものではなく、気づかぬうちに選んだ一歩の積み重ねで形づくられていく。迷ったときや、立ち止まりたくなったとき。真琴の全力の“走り”をみて、その強さを人生の節目で何度でも思い出したい。

参照
※ https://ddnavi.com/article/1298192/a/

■放送情報
『時をかける少女』
日本テレビ系にて、11月28日(金)21:00〜23:09放送
※放送枠15分拡大、本編ノーカット
声の出演:仲里依紗、石田卓也、板倉光隆、原沙知絵、谷村美月、垣内彩未、関戸優希、桂歌若、安藤みどり
監督:細田守
原作:筒井康隆
脚本:奥寺佐渡子
キャラクターデザイン:貞本義行
作画監督:青山浩行、久保田誓、石浜真史
美術監督:山本二三
CG:ハヤシヒロミ(Spooky graphic)
色彩設計:鎌田千賀子
©2006 TK/FP

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