『平場の月』はなぜ観客に深く刺さる? 人生の再始動を考えさせてくれる“日常の温度”

 11月14日より公開された映画『平場の月』が、初週の全国映画動員ランキングで5位を記録し、SNSでも熱の高い投稿が相次いでいる。

 堺雅人が映画主演を務めるのは8年ぶりで、相手役は井川遥。原作は2018年に発表された朝倉かすみの同名小説で、第32回山本周五郎賞を受賞している。監督は『花束みたいな恋をした』の土井裕泰、脚本を『愚か者の身分』の向井康介が担当しており、50代を超える世代を中心に強く支持されているのも納得できる。

 予告編からは「結婚できなかった二人の中年ロマンス」という印象が漂っていただけに、実際に鑑賞してみて全く異なる印象を受けた人も多かったことだろう。恋愛色よりも、むしろ地味で深いヒューマンドラマとして描かれているからだ。

 物語は、中学時代の初恋の相手である青砥健将(堺雅人)と須藤葉子(井川遥)が、50代となって再会。結婚や離婚を経て現在は独り身となった二人だけに、会う回数も自然と増えていく。しかし恋愛映画でありながら、作中には“キラキラ”要素は一切ない。青砥と須藤のぎこちないキスに至るまでのやり取りも決してスマートではなく、むしろ堺の演技に至っては“ダサカッコ悪い”を飛び越え、“気持ち悪い”と感じる瞬間さえある。それでも観る者の心を掴むのは、そこにリアルな“日常の温度”があるからだ。

 とりわけ50代の観客に深く刺さる理由は、本作が単なる初恋の再燃ではなく、「残りの人生をどう生きるか」と問いかけている点にある。50代という年齢は折り返し地点という言葉では済まされない。子育てが一区切りし、親の介護が現実となり、体の不調が増え、離婚や死別を経験した人も周囲に現れる頃。これまでの人生が意味のあるものだったのか、これからの人生は一体どうなるのか、多くの人が漠然とした不安を抱えている。だからこそ、「一緒にいてくれる人」の大切さにも気づく。劇中、職場の先輩が「一緒にいてくれる人がいるって当たり前のことじゃないぞ」と言うセリフがそれを象徴していたが、何気ない会話、共に食べる食事、ただ横に並んでいるだけの時間の尊さを観客は改めて実感させられるのだ。

 さらに、「同級生」という関係性も強く響く。同級生は単なる友人ではなく、共に同じ時代を生きたサバイバー同士でもある。須藤の「なんで私をお前って呼ぶの?」という問いに対し、青砥が「友人だからだよ」と答えるシーンは、無意識のうちに過去を共有する関係性への安心感を表現。自転車二人乗りのシーンや、薬師丸ひろ子の「メイン・テーマ」が流れる瞬間など、昭和生まれの観客にはたまらなく懐かしく、堺雅人の優しい笑顔と相まって胸を締め付ける。

 映画のレビューサイトには「この世代のリアルが描かれている」との評価や口コミが飛び交っているように、人生の再始動を考えさせてくれる本作は、間違いなく日本の恋愛映画の成熟度を一段高めた秀作である。

■公開情報
『平場の月』
全国公開中
出演:堺雅人、井川遥、坂元愛登、一色香澄、中村ゆり、でんでん、安藤玉恵、椿鬼奴、栁俊太郎、倉悠貴、吉瀬美智子、宇野祥平、吉岡睦雄、黒田大輔、松岡依都美、前野朋哉、成田凌、塩見三省、大森南朋
原作:朝倉かすみ『平場の月』(光文社文庫)
監督:土井裕泰
脚本:向井康介
主題歌:星野源「いきどまり」(スピードスターレコーズ)
配給:東宝
製作:映画『平場の月』製作委員会
©2025映画「平場の月」製作委員会
公式サイト:https://hirabanotsuki.jp/
公式X(旧Twitter):@hirabanotsuki
公式Instagram:@hirabanotsuki

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