山火事の脅威を誰も見たことのないレベルで表現 『ロスト・バス』は“人間ドラマ”の傑作だ

まずは、凄まじい予告編を見てほしい。人々が暮らす町が大規模な山火事によって、炎に包まれた灼熱の光景へと変貌する……。映画『ロスト・バス』は山火事の脅威を、これまでのパニック映画の枠を飛び越え、映画作品として誰も見たことのないレベルで見事に表現しているのだ。人智の及ばぬ猛威の広がりは、地獄を描いた宗教画を現実のものにしたような、一種の荘厳さすらも感じさせる。
手持ちカメラによるドキュメンタリー風のリアリスティックな撮影法をアクション演出に持ち込み、社会的な問題や現実の人々の視点を描くことにも注力してきた、ポール・グリーングラス監督。Apple TV+からリリースされた傑作『ロスト・バス』は、そんな作家性を最大限に発揮し、現代の名匠と呼ばれるに相応しい彼の新たな代表作として記憶されることになるだろう。
題材となるのは、2018年11月に実際にカリフォルニア州で起きた、「キャンプ・ファイア」と呼ばれる、大規模な山火事だ。85人が死亡、200人以上が行方不明となり、1万4千棟の家屋が損壊した、同州史上最悪の被害を生んだ大災害である。
小学生の子どもたちを乗せたスクールバスが、無線連絡が繋がらない状況下で、そんな全てを焼き尽くそうとする炎から逃れ、地獄と化した山の中を走ってゆくというのが、本作の物語の大枠だ。子どもたちを守るのは、バスの運転手ケヴィン(マシュー・マコノヒー)と、同乗する小学校教師のメアリー(アメリカ・フェレーラ)だけだ。
本作『ロスト・バス』が伝えるのは、どれだけの速度で山火事が燃え広がっていくのかという、恐るべき脅威だ。同じく実際の火災を題材としたジョセフ・コシンスキー監督の衝撃作『オンリー・ザ・ブレイブ』(2017年)でも、その凄まじさが映画のなかで味わえる。
ケヴィンはバスを事務所まで運転する途中で、空に立ち上る山火事の煙を遠くに確認する。客観的に見ても、まだまだ避難には余裕がありそうに思えるところだが、彼は職務を投げ捨てて、息子と母親がいるはずの家へと向かおうとする。
仕事より家族の安全を優先するのは、無理からぬ行動だ。そして、この後の展開を追っていくことで、その判断は全く正しかったことが分かってくる。火は凄まじい勢いで山々を飲み込み、気がつけば炎に取り巻かれて退路を失うことになるのだ。さらに、市民が避難に時間がかかってしまう状況も致命的だ。山中の町では道路が少なく、一斉に避難してしまえば大渋滞が発生する。足止めされている間に気がつけば、周囲が死地に変貌しているのである。
しかしケヴィンは、子どもたちが小学校でバスを待っているという無線を耳にしてしまう。彼の胸にはさまざまな思いが交錯し、しばし悩むことになるのだが、ついに意を決して小学校へと向かうことにする。学校でバスを待っていた教師のメアリーも、すぐにでも家族のもとへ駆けつけたいと思っていた。しかし使命感から、彼女もまた自分の家族を心配しながら、バスに乗って子どもたちの引率を引き受けることを選ぶのだ。そんなギリギリの心境に、多くの観客が心を揺るがされることになるだろう。
そのように本作は、平凡な市民が他者のためにリスクを負う、英雄的行為を映し出していく。ケヴィンやメアリーだけでなく、火事を消火し、住民たちを救い出そうと尽力する消防士やレスキュー隊たちの奮闘も、もちろん命懸けだ。バスの運行責任者(アシュリー・アトキンソン)や同僚の運転手たちが、子どもの保護者たちに説明し、寄り添おうとする姿は、それが実話ベースのエピソードだからこそ、観る者の胸を突くものがある。とくにアシュリー・アトキンソンは少ない登場機会ながら、情感豊かな演技を見せ、作品のリアリティとエモーションを下支えする。
こういった部分では、グリーングラス監督の過去作『ユナイテッド93』(2006年)で描かれた、アメリカ同時多発テロでの被害者たちの勇気ある行動を想起させられる。同じく実際の事故を題材にした、トニー・スコット監督の名作アクション『アンストッパブル』(2010年)における、総力を上げて人々が暴走列車を止めようと尽力する構図にも近いものがあるといえよう。
























