豊田利晃監督の系譜から考える『次元を超える』の真価 その“頂”にあるのは絶望か希望か

本作で阿闍梨に対抗しようとする僧侶を演じている渋川清彦は、豊田作品の常連であるとともに、前述した短編『狼煙が呼ぶ』への出演に加えて、修験者・鉄平の物語を描いてライブハウスで上映された『生きている。』(2022年)、『ここにいる。』(2023年)『すぐにゆく。』(2024年)にも出演。これら短編シリーズを70分の作品としてまとめた長編映画『そういうものに、わたしはなりたい。』(2025年)は、10月10日よりユーロスペースにて公開中だ。
『破壊の日』は公開当時、東京五輪が開催される日本に向け、「利権と強欲という物の怪に取り憑かれた社会をお祓いしてやろう」という意図のもと製作された映画だった。「小栗判官伝説」や、魯迅の小説『鋳剣(剣を鍛える話)』を題材とした『蘇りの血』(2009年)や、『I'M FLASH!』といった作品で、説話や文学、宗教という要素に接近していた豊田は、『ポルノスター』や『青い春』(2001年)にみなぎっていた、出口なしの激情を、歴史や社会へと本格的に接続させている。
現代音楽家・日野浩志郎と、佐渡島の太鼓芸能集団「鼓童」とのコラボレーション作品『戦慄せしめよ』(2022年)、そして『そういうものに、わたしはなりたい。』という近年のタイトルはそれぞれ、岩手の『遠野物語』や、宮沢賢治の詩にインスパイアされているように、地域性や民俗学とのリンクも見られる。
筆者は岩手に旅をして、宮沢賢治ゆかりの地を訪ね、遠野の山中を散策したことがある。そこで山と里を往復することで、体験として両側の世界の間に境界があると考えた人々の感覚を一部分理解するとともに、日本の山岳信仰の成り立ちというものを想像することができるようになったと思う。宮﨑駿監督の『もののけ姫』(1997年)のクライマックス後の美しい山の光景は、そうした古来からの山の神秘性が日本から失われていく感覚を描いたものだ。現在の社会の問題を“撃つ”ことにシフトしていった豊田監督もまた、そういった日本の精神が希薄になり、目の前の利益や簒奪に集中していった点を問題視しているのではないか。
豊田監督の暴力的ともいえる激しい衝動は、そうやって意識を社会という自身の“外側”に向けながらも、同時に「狼信仰」や「山岳信仰」という、日本古来のエクストリームかつ“内面”的な方向へも向かってゆく。これは一見矛盾した行為に見えるが、日本で起こっている事象を俯瞰した視点で見るためには、一度自身の内面を探究し、宇宙的スケールで世界を眺め直すといったプロセスを経る必要があると考えたのだろうと推察する。
「狼信仰」、「山岳信仰」がその引き金となるという構図は、本作の山伏の法螺貝が生み出す“振動”と、それが意識を宇宙へと飛ばしていくという描写に凝縮されている。修験道者が宇宙飛行士の姿となり、カラフルな格子状の構造物で構成された惑星・ケルマンへと到達するシークエンスでは、スタッフに樋口真嗣が加わり、圧倒的なヴィジュアルが展開していく。その深部「鏡の洞窟」で待つのが、豊田監督常連のマメ山田が演じる“ミスター・ケルマン”という謎の人物。
いったい、これは何なのか。われわれはこの映画に表現される不条理な世界をどのように考えればいいのか。それはおそらく、観客一人ひとりに考えてほしいというのが、豊田監督の望みなのだろう。その上で、筆者はこの自由に創造性を発揮した表現のなかに、やはり東洋思想への傾倒を感じざるを得ない。
筆者の好きな谷崎潤一郎の小説に、『ハッサン・カンの妖術』というものがある。その作品のなかで主人公は、妖術により天空を飛行し、須弥山(しゅみせん)へとたどり着く。須弥山とは、仏教における“宇宙の中心”たる山のことである。驚くことにこの小説では、現実に帰らないままで結末を迎えることになる。
多くの神話や英雄譚は“冥界往還型”……つまり、“死の国に行き、戻ってくる”構造を持っている。それは現代の多くの物語の基本構造「行きて帰りし物語」の原型でもある。しかし、谷崎の『ハッサン・カンの妖術』は、そういった枠組みを無視したまま物語が終わってしまう。この前衛的な構造は、筆者にとって大きな衝撃だった。
修験道者たちが山に入る理由は、山という異界で古い自分が擬似的に死に、生まれ変わって人間界に復帰するというプロセスを経るためでもある。しかし、即身仏になったり、山から戻らないという選択は、“悟り”や“覚醒”が純化していくことの表明であるともいえないか。そういった演出が見られる本作だからこそ、豊田監督の描こうとしたものが、より純粋なものとして響いてくる。
本作は、これまでの豊田利晃監督作が一つの山だったのだとすれば、その頂だといえるだろう。「最後になってもいい気がする」という言葉の真意は、これ以上、この山は登ることができないと考えたからなのではないか。豊田作品という山に足を踏み入れたことのある観客は、豊田監督が見たであろう、本作『次元を超える』を鑑賞することで、この山頂からの景色を見てみることをおすすめする。そこにあるのは、絶望か。諦観か。それとも希望なのか。その答えは、鑑賞者の感性に委ねられている。
■公開情報
『次元を超える』
ユーロスペースほかにて公開中
監督:豊田利晃
出演:窪塚洋介、松田龍平、千原ジュニア、芋生悠、渋川清彦、東出昌大、板尾創路、祷キララ、窪塚愛流(声の出演)、飯田団紅、マメ山田
音楽:Sons of Kemet、Mars89、中込健太(鼓童)、住吉佑太(鼓童)、ヤマジカズヒデ
プロデューサー:村岡伸一郎、行実良
VFX スーパーバイザー:道木伸隆
惑星ケルマンデザイン:YOSHIROTTEN
惑星ケルマンCG:敷山未来(YAR)
宇宙船デザイン:マイケル・アリアス
特殊相談役:樋口真嗣
協賛:元気リゾート、yugyo、レスイズデザイン、アスマキナ、塩入孔志、サンクチュアリ DAIHI、ネネム
製作:豊田組
配給:スターサンズ
2025年/日本/96分/ビスタサイズ/5.1ch/PG12
©次元超越体/DIMENSIONS
公式サイト:https://starsands.com/jigen
公式X(旧Twitter):https://x.com/jigen_movie
公式Instagram:https://www.instagram.com/jigen_movie
公式TikTok:https://www.tiktok.com/@jigen_movie
映画『そうゆうものに、わたしはなりたい。』
主演:渋川清彦
監督:豊田利晃
ユーロスペースにて公開中
■イベント情報
「次元を超えるLIVE」
日時:10月28日(火)18:30開場/19:30開演
場所:渋谷WWW(渋谷区宇田川町13-17 ライズビル地下)
出演:切腹ピストルズ、中込健太(鼓童)、住吉佑太(鼓童)、Mars89、ヤマジカズヒデ、中村達也、 中尾憲太郎、青木ケイタ、伊藤雄和(OLEDICKFOGGY)、豊田利晃(映像演出)
※豊田利晃最新短編映画 『HORROR WOLF』上映
チケット料金:5,500円(税込)
チケット販売:豊田組ショップ
制作:豊田組
■リリース情報
サントラ『次元を超える』Mars89 Remix
価格: 2500円(税込)
映画館と豊田組ショップで販売
https://jigenmovie.tumblr.com/


























