人間は“進化”しないほうが幸せだったのか? 『ばけばけ』を通して知る“明治”のリアル

『ばけばけ』を通して知る“明治”のリアル

 傅は死の間際、三之丞の悲しみを知って、彼の頬に手を伸ばしたとき、ようやく個人に立ち返ったのかもしれない。でも時すでに遅く、彼はこの世を去ってしまった。やりきれない話だ。

 そもそも、不況で人手不足になったなら、松野家の面々を大きな雨清水家に同居させ、彼らに工場を手伝ってもらうことはできなかったのか。トキを養子に出したことが秘密とはいえ、親戚なのだから。そこが松野家のプライドで、雨清水家の世話にはなりたくなかったのだろうか。他人の家のこと、それも明治の頃のことはさっぱりわからない。

 『カーネーション』(2011年度後期)でも糸子(尾野真千子)の母方の実家はお金持ちで、糸子はその恩恵を被っていたが、父の立場上、ある一定の距離感は保っていたように感じる。やっぱりそれぞれの家のことには深く立ち入られない暗黙のルールがあるのかもしれない。

 傅が倒れ、タエがお嬢様育ちで家事が何もできず途方に暮れているのをトキがみかねて手伝いに行くことにしたとき、銀二郎が反対する。だがトキは彼が話してくれた『鳥取の布団』の怪談を例に挙げた。「私は薄情な人になりたくないのです」。

 布団の怪談は、幼い兄弟が周囲の人間の薄情によって命を落とす話だ。貧しい庶民の家では長男も次男も関係なく、悲しい運命をふたりで背負う。貧しさから父も母も亡くなり、家財道具をいっさい売って、一枚の布団にくるまって寒さをしのいでいた兄弟。「兄さん寒かろう」「おまえも寒かろう」互いを思いやるその言葉が布団に染み付いて、兄弟の死後も夜な夜な布団から声が発せられる。これはヘブン(トミー・バストウ)のモデル・小泉八雲の「知られぬ日本の面影」に八雲が鳥取を旅したときに聞いた話として記されている。この話の最後、兄弟が眠る神様がかけてくれた「純白の大変美しい布団」。これを想像すると涙が出る。神様にもできることは限られている。せめてそれを美しい物語にして伝えていく。人間が唯一、進化してよかった点とは、他者の悲しみを受け止める感受性と、物語り、伝える力ではないだろうか。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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