イム・シワン主演『カマキリ』が描く韓国社会の課題 『キル・ボクスン』と対になる一作に

『キル・ボクスン』と対になる『カマキリ』

 暗殺を請け負う会社組織に属する、業界トップのベテラン殺し屋が、母として娘の問題に翻弄され、ワークライフバランスのなかで揺れる姿を描いた、韓国のアクション映画『キル・ボクスン』(2023年)。『ジョン・ウィック』シリーズを思わせる、大勢の殺し屋たちが活動するカオティックな作品世界の“韓国版”といえる内容は人気を博し、Netflix配信による世界的なヒットへと繋がった。

『キル・ボクスン』の肝は“静的”な部分にあり アクションとストーリーの相乗的な関係

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 そんな『キル・ボクスン』の一場面では、主人公のキル・ボクスンに匹敵するという、ある殺し屋の名前が挙がっていた。それが、“カマキリ”と呼ばれる、作品世界の殺し屋業界における新世代のエースである。劇中で、彼は休暇中のため街にいないことが示唆されていたが、もしも本編でキル・ボクスンの前に立ちふさがっていたとすれば、どんな結果になっていたか分からない。

 ここで紹介する『カマキリ』は、映画『バレリーナ:The World of John Wick』(2025年)と同様、基となった作品の世界を共有した、スピンオフとなる一作だ。“カマキリ”ことハヌルを演じるのは、華やかさと確かな演技力を併せ持ち、幅広いジャンルの作品で存在感を示す、規格外のスター俳優、イム・シワン。ここでは、殺し屋の葛藤を描く本作『カマキリ』が、実のところ何を描いていたのかを明らかにしていきたい。

 その名の通り、両手に鎌を持ち、ターゲットを俊敏な身のこなしで切り刻んでいく殺し屋・カマキリ。冒頭のシークエンスでは、まだ業界最大手の殺し屋企業「MKエンターテインメント」が、キル・ボクスンによって大きな打撃を与えられる以前に、カマキリが休暇を取る直前のエピソードが描かれる。

 “カマキリ”ことハヌルは、自分を高く買ってくれている、MK代表のチャ・ミンギュ(ソル・ギョング)と、車内で今後のことについて話し合いをしている。ソル・ギョングとイム・シワンのツーショットは、映画『名もなき野良犬の輪舞』(2017年)の場面を想起させられるもので、同作のファンが歓喜する瞬間だろう。

 だが、『キル・ボクスン』の結末で分かるように、この後で代表ミンギュや幹部がボクスンの的になったことで、最大手だったMKは業界内での影響力を失うことになるのだ。休暇から帰ってきたハヌルは、その報を聞いて呆然とするところが、ユーモラスに描かれる。トップの実力を持つ最強プレイヤーである“カマキリ”を、各殺し屋企業が黙って見ているはずもなく、さっそくスカウト攻勢をかけ始める。

 しかしハヌルは、昔馴染みのジェイ(パク・ギュヨン)や仲間たちとともに、若手たちのフレッシュな殺し屋会社を立ち上げることを選ぶ。そんなハヌルの選択の裏には、ジェイへの恋心があったのである。そう、イム・シワンの幅広い役柄への適応力や魅力を利用し、ここでは彼の演じる主人公の物語を、アクションとサスペンス、そしてラブロマンスという、複合的なジャンルに設定しているのだ。

 ハヌルやジェイたちの、殺し屋としての運命や恋の行方、師匠との関係やスタートアップ企業の浮き沈みなど、見どころとなる要素の多い本作の物語だが、最強クラスの“カマキリ”であるハヌルが主人公であることによって、殺し屋稼業における緊張感は希薄かもしれない。自動的に彼の心理的葛藤は、主に恋愛面に絞られていく。

 というのも、ハヌルとジェイは、昔からのライバルであることにより、なかなか発展することがないのだ。とくに“稽古の虫”と言われるくらいに努力を重ねていた若い日のジェイは、組み手でハヌルに勝利したにもかかわらず、MKがハヌルの方を高く評価したことで、その判断に強い不満を抱いてMKを去ったという過去を持っていた。だからこそ彼女は、いまだにハヌルの腕を上回ることに執心し、恋愛を考える余裕など持っていないのである。

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