『秒速5センチメートル』は実写版でこそ完成する? アニメ・小説版になかった要素を拡張
人間は選択によって大きく人生が変わる。それは恋愛においても同じ。アニメ版同様に、山崎まさよしの「One more time, One more chance」が効果的に使用されているが、その歌詞が今作のテーマそのものを表している。
ただし喪失した未来だと思っていることが、実は勘違いと自己視点に偏った考え方による産物である可能性もあるわけだ。日本でも海外でもそうだが、よく映画やドラマのなかで、主人公の回想で始まる物語がある。しかし改めて考えてもらいたい。主人公視点の回想は、正確なものといえるだろうか? その人物の解釈や思い込み、時間によって、理想と幻想がミックスされ、美化され、変化し、ときに劣化された、実際とは異なる架空現実とはいえないだろうか。喪失したと思っていることこそが、そもそも不正確なのかもしれない。
誰が言ったか、「男はロマンチスト、女はリアリスト」という理論がある。この理論を下敷きにした『カンバセーションズ』(2005年)や『男と女の不都合な真実』(2009年)といった作品もいくつか制作されている。多様性が謳われる現代において、時代錯誤のような理論ではあるし、ある意味、ジェンダー差別的な側面があるものの、今作が描いているのは、男性は引きずるし、夢を見るけど、女性の場合は、夢は夢、過去は過去として割り切って先に進む。簡単に言えば女性のほうは、考え方が大人。そういうステレオタイプな理論も含まれているのが、賛否両論の大きな要因といえる。
しかし、今作のなかでは、それが上手い具合に改善されていた。女性キャラクターにも命が吹き込まれていたのだ。そこはアニメや小説にない、実写ならではの説得力だ。
淡々とした物語に、肉付けをしていくことで、キャラクターひとりひとりの奥行が圧倒的に増したのも感じた。それはメインキャラクター以外にも及んでいて、例えばアニメ版では、ほとんど登場しない、中盤の主人公・澄田花苗の姉(高校教師)の役割が重要な存在として用意されているし、謎のままだった疑問の回答もある。アニメ版では、全く機能していなかった人物たちにも命を与えることで、主人公の偏った視点ではなくなったのだ。
そしてタイトルの意味にも重要な役割を与えている。『秒速5センチメートル』というタイトルは「桜の花びらが落ちる速度が秒速5センチメートル」になることを意味しているが、この計算は正しくない。今作のもうひとりの主人公・篠原明里が適当に言ったことなのだ。それが大きな伏線として機能するように仕向け、タイトルの意味をより深く印象付けた構成と演出は奥山由之ならでは。
■公開情報
『秒速5センチメートル』
全国公開中
出演:松村北斗、高畑充希、森七菜、青木柚、木竜麻生、上田悠斗、白山乃愛、岡部たかし、中田青渚、田村健太郎、戸塚純貴、蓮見翔、又吉直樹、堀内敬子、佐藤緋美、白本彩奈、宮﨑あおい、吉岡秀隆
監督:奥山由之
原作:新海誠劇場アニメーション『秒速5センチメートル』
脚本:鈴木史子
音楽:江﨑文武
主題歌:米津玄師「1991」
劇中歌:山崎まさよし「One more time, One more chance 〜劇場用実写映画『秒速5センチメートル』Remaster〜」
制作プロダクション:Spoon.
配給:東宝
©2025「秒速5センチメートル」製作委員会
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