『沈黙の艦隊 北極海大海戦』の“挑戦的”な国際関係描写 全国民必見の“正義論”のゆくえ

『沈黙の艦隊 北極海大海戦』が描く国際関係

日米関係を次のステップへ

 さて今作は、アメリカ大統領と“対話”をするために、ニューヨークに向かう道中に起きた戦闘と政治劇を描いている。独立国家を名乗っていながらも日本人であるという立場上、行く手を遮る米軍を攻撃できるか、できないか。そんな緊張関係を物理的にも精神的にも描くことで、常に緊張感が漂う。
 
 戦争は絶対に避けたい。かと言って、このままアメリカの言いなりになるのも違う。世界からは、どっちつかずに思われているかもしれないが、敗戦国でもあり、唯一の核被害国でもある日本だからこそ、世界に伝えられるメッセージというのもある。

 そして今作というか、このシリーズの凄いところは、エンタメ映画としても見応えがある点だ。Amazon MGMスタジオが製作に参加していることもあり、戦闘シーンのクオリティは非常に高い。

 しかし、それだけではない。『ハケンアニメ!』(2022年)や多くのミュージックビデオを手掛けてきた吉野耕平監督の演出力も大きく機能している。

 日本映画に限ったことではないが、潜水艦映画の戦闘シーンというのは、かなり難関であり、ある意味、クオリティの粗が目立つ部分である。そのため人間ドラマなどで場をもたせている部分もあるのだか、今シリーズは、絶妙なバランスでドラマ性とエンタメ性を共存させているのだ。

 ただ気になる点もある。構成上や尺の都合もあるのかもしれないが、国民の顔があまり見えてこない。もちろんメディアの報道や最低限の描写はあるし、選挙のシーンもあったりするが、全体を通して、民衆がどう反応しているかを映し出してくれない。

 ただ、これは現実社会も同じではないだろうか。結局のところ戦争になる場合も民衆の声など反映されていないわけで、民主主義国家と言いながらも、大切なこと国民は蚊帳の外で決められている点もいくつか思いあたるはず。そんな空気感を切り取っているとしたら、風刺的には逆にリアルな政治劇とも感じられる。

 独立国“やまと”の願いは、戦争を無くして、地球をひとつの国家にすること。そのために武力行為も厭わない。一見、矛盾があるようにも感じられるが、“いかなる場合も戦闘は避けたい”と言って結果的に被害を拡大させるような、中途半端な綺麗ごと。正義感では何も動かない。一旦納まったとしても、またどこかで人間は争いを繰り返すだけ。それならば極端な方法でアプローチしたらどうなるのか。そんな実験的、冒険的、挑戦的な作品だ。

 もちろん内容に関しては、批判も飛び交うだろう。しかし、その批判も受け入れつつ今作を制作しているというのも、日本における正義論を語るうえでメタ的な意味を感じる。

 日本は、国してどうあるべきなのか……。そんな大きな議題を突きつけてくる今作を、あなたはどう観るだろうか。

■公開情報
『沈黙の艦隊 北極海大海戦』
全国公開中
出演:大沢たかお、上戸彩、津田健次郎、中村蒼、笹野高史、夏川結衣、酒向芳、江口洋介、前原滉、風吹ジュン、渡邊圭祐、松岡広大
監督:吉野耕平
主題歌:Ado「風と私の物語」(作詞・作曲:宮本浩次、編曲:まふまふ)
脚本:髙井光
原作:かわぐちかいじ『沈黙の艦隊』(講談社「モーニング」)
製作:Amazon MGM スタジオ
制作:CREDEUS
配給:東宝
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©かわぐちかいじ/講談社
公式サイト:https://silent-service.jp
公式X(旧Twitter):@silent_KANTAI

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