染谷将太×藤間爽子は『べらぼう』の新たな“尊い”夫婦に “巨匠”歌麿誕生への見事な脚色

『べらぼう』“巨匠”歌麿誕生への見事な脚色

 歌麿(染谷将太)が、これまで描くことができなかった「笑い絵」をついに完成させた。NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第35回「間違凧文武二道」で描かれたきよ(藤間爽子)との再会は、恋愛物語を超えた芸術家の再生譚だった。そしてこの出会いは、歌麿が当代随一の美人画絵師になることとどのように関係するのか。第35回で見えた2人の関係性を振り返りつつ、その意味を探りたい。

 第30回「人まね歌麿」で初登場した際、藤間爽子はクレジットで「女」とだけ表記されていた。廃屋で錯乱状態に陥った歌麿が散らばった絵を、無言で拾い集めてくれた名もなき女性。それが第35回で「きよ」という名を持つ存在として再登場したのだ。雨に濡れる洗濯物を慌てて取り込もうとする彼女を、偶然通りかかった歌麿が手伝う。耳が聞こえないきよと筆談を交わすうち、歌麿は「ちょいときよさんのこと描かせてもらえないかい?」と筆を執った。

 洗濯をするきよのスケッチを重ね、歌麿が語った「顔つきから、動きから何を考えているのか考えるのが楽しい」「それを絵にするのも楽しい」という言葉は印象的だった。母親のトラウマに苦しみ、「人まね歌麿」から抜け出せずにいた彼が、ようやく絵を描く純粋な喜びを取り戻した瞬間だった。染谷が見せた少年のような無垢な笑顔は、歌麿の魂が解放された証のようだった。

 きよという存在の特異性は、彼女が「言葉を持たない」ことにある。耳が聞こえず、言葉を発することもない彼女とのコミュニケーションは、視覚と筆談に限られる。歌麿はきよの表情、仕草、動きから彼女の内面を読み取ろうとし、それを絵に描くことで理解を深めていく。これはまさに、のちの「美人大首絵」で歌麿が追求することになる、女性の内面までも描き出す観察眼の原点ではないだろうか。

 「おきよがいたから、幸せが何かって分かって、そしたら幸せじゃなかったことも絵にすることができた」ーー歌麿がついに完成させた笑い絵を蔦重(横浜流星)に見せた時の言葉だ。江戸時代、春画は「笑い絵」と呼ばれ、性的な内容を描いているもののユーモアと生命力に満ちた“芸術作品”だった。しかし、母親から身体を売ることを強要された過去を持つ歌麿にとって、性は呪縛でしかなかった。きよとの出会いが、その呪縛を解いたのだ。

 蔦重が「これは歌麿を当代一に押し上げる」「こいつにしか描けねえ絵」と断言し、100両で買い取った笑い絵。史実でも天明8年(1788年)に『歌まくら』という艶本が刊行されている。実際の歌麿も、この春画集の成功を皮切りに、美人画の第一人者への道を歩み始めることになる。

 史実の歌麿に妻がいたかどうかは、実は明確ではない。寛政2年に亡くなった妻の戒名「理清信女」が残されており、そこから「きよ」という名が推測されるのみだ。

 藤間が演じるきよは、言葉を発しないからこそ、表情と身体表現のみで多くを語る。洗濯をする手の動き、歌麿を見つめる潤んだ瞳、筆談で交わされる素朴な文字。そのすべてが歌麿の創作意欲を刺激する。日本舞踊家でもある藤間の身体性が、きよという役に説得力を与えているのだ。

 歌麿はやがて寛政年間(1789〜1801年)に「美人大首絵」という革新的な様式を確立し、女性の顔を大きくクローズアップすることで、その内面や個性までも描き出すことに成功する。「寛政三美人」に代表される作品群は、美人画を超えて、女性の感情や心理を映し出す鏡となった。

 きよとの出会いが歌麿にもたらしたもの、それは「観察する喜び」と「理解しようとする愛」だった。言葉なきコミュニケーションが、かえって歌麿の観察眼を研ぎ澄まし、相手の内面を想像し、理解しようとする姿勢を育んだ。それこそが、のちに江戸中を魅了する美人画の源泉となったのではないか。

 トラウマから解放され、純粋に「描く喜び」を取り戻した歌麿。その再生を可能にしたのは、声なき女性・きよの存在だった。史実ではきよは寛政2年に亡くなったとされているが、激動の寛政の改革の中で、歌麿ときよの運命はどのように交錯していくのだろうか。

■放送情報
大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』
NHK総合にて、毎週日曜20:00~放送/翌週土曜13:05~再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00~放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15~放送/毎週日曜18:00~再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる