ロバート・レッドフォードは“アメリカの良心”だった 映画人の鑑として残した偉大な功績

2025年9月16日、ロバート・レッドフォードが亡くなった。享年89。彼こそは「アメリカの良心」といえるハリウッド映画人の筆頭だった。
出世作となったのは、ポール・ニューマンと共演したニュータイプの西部劇『明日に向って撃て!』(1969年)。実在の銀行強盗コンビを人間味たっぷりに、純真な反体制的ヒーローとして描き出したこの作品で、レッドフォードはハンサムな早撃ちの名手サンダンス・キッドを好演。アメリカン・ニューシネマの代表作と謳われた同作のヒットとともに、当時売り出し中の若手俳優だった彼の名を一躍世界に知らしめた。

その後、レッドフォードは押しも押されぬ人気者となり、軽妙にもシリアスにも自在に振れ幅を操る実力派美形俳優として、主演作を重ねていく。レッドフォードの“軽妙路線”を代表する『ホット・ロック』(1972年)は、後年の彼のイメージしか知らない人にはぜひ観てほしい逸品だ。ドナルド・E・ウェストレイクの小説“ドートマンダー・シリーズ”第1作を映画化した泥棒チーム喜劇で、若きレッドフォードはプロの天才強盗を快演。肩の力の抜け具合でいえば、再びニューマンと組んだ犯罪遊戯コメディの傑作『スティング』(1973年)をも凌ぐかもしれない。このあたりの役者としての持ち味を極めた晩年の集大成が、実在の高齢銀行強盗をロマンティックに軽やかに演じた『さらば愛しきアウトロー』(2018年)。憧れの天草・本渡第一映劇で観た記憶も忘れられない。
レッドフォードが快進撃を始めた1960~70年代前半ごろ、アメリカは泥沼状態に陥ったベトナム戦争、各地にはびこる人種的・文化的偏見など、さまざまな社会問題に揺れていた。映画界でも問題意識を色濃く内包した作品が数多く作られ、先述の『明日に向って撃て!』も含む「アメリカン・ニューシネマの潮流」は、レッドフォードの俳優人生にも多大な影響を与えた。彼は単なる美形スターであることに飽き足らず、現実の社会問題に切り込む企画に積極的に取り組んでいった。
たとえば政治の腐敗というテーマは、レッドフォードが俳優としても監督としても長年訴え続けた「アメリカの宿痾」だった。上院議員選挙を諷刺した『候補者ビル・マッケイ』(1972年)で見せた政治意識は、ウォーターゲート事件を題材にした傑作『大統領の陰謀』(1976年)に結実し、対テロ戦争の悪辣な政治利用を暴いた監督作『大いなる陰謀』(2007年)、そしてアメコミ原作映画のなかで悪の組織の親玉を堂々と演じた『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』(2014年)まで連綿と続いていく。時には体制側の人間もシニカルに演じながら、レッドフォードは常に自国民に向けて危機感を訴え続けた。

また、国家権力や腐敗した組織の圧力に屈さず、独自の戦いを展開する個人も好んで演じてきた。非情な陰謀に巻き込まれるCIAの末端職員に扮した『コンドル』(1975年)、刑務所の待遇改善に奔走する新任所長を演じた『ブルベイカー』(1980年)、犯罪組織と闘う羽目になるハッカー集団のリーダーを快演した『スニーカーズ』(1992年)などは、“反骨の人”レッドフォード自身が大乗り気で演じていることが画面から伝わってくる。
それでも彼は社会派一辺倒に偏らず、映画スターとして観客を魅了することも忘れなかった。盟友シドニー・ポラック監督と組んだ『追憶』(1973年)、『出逢い』(1979年)、『愛と哀しみの果て』(1985年)、『ハバナ』(1990年)といった一連のラブロマンスが、どれだけ多くのファンに癒しを与えただろうか。『夜霧のマンハッタン』(1986年)、『幸福の条件』(1993年)といったユルい娯楽作で見せる悠々たるハンサムぶりも、いまや観ていて気持ちがいい。
また、『華麗なるヒコーキ野郎』(1975年)、『ナチュラル』(1984年)など、パイロットや野球選手といった一芸に打ち込む人生を通して、慎ましくも一本気な「アメリカの夢」を体現した主演作も忘れがたい。レッドフォードはそんな生きざまに説得力を与え、郷愁と憧れをさそう存在でもあった。




















