『ちはやふるーめぐりー』は“名もない人”たちを肯定する物語 “敗者”の軌跡を描く名作に

『ちはやふるーめぐりー』敗者の機微描く名作

“劣等感を抱く側”の物語

 そして、本作における“第二の主人公”とでも言うべき人物が、梅園高校で古文を教え、かるた部の顧問を務めていた奏だ。かつて千早が率いる瑞沢高校かるた部の一員だった彼女が、『ちはやふる』新章の看板を担ったのは、なんといっても、演じている上白石萌音の存在が大きい。

 生徒たちの前で教壇に立つ奏も、実は研究職への道を諦め、梅園に非常勤講師として拾われた背景がある。かけがえのない青春時代を送り、豊かな感性にあふれる奏自身も、めぐるからの「理想の自分になれたんでしょうか?」という問いに、まっすぐ答えられない大人の一人だった。

 年齢も立場も考え方も異なる二人だが、やがてソウルメイトのように共鳴し、お互いが“澪標(みおつくし)”になりながら、歩みを進めてゆく。めぐるから突きつけられた「かるたで宝物を見つけられた人には、その先に明るい未来が待っているのか」という問いに、奏は人生をかけて答えようとする。めぐるたち生徒に刺激を受けた奏も、夢見ていた専任読手への道を花開かせていく。

 めぐると奏には、一つの共通点がある。絶対に自分は敵わないと思わされる存在が近くにいることだ。奏にとっては、現かるたクイーンの千早。めぐるは、千早の生き写しのような幼なじみの凪(原菜乃華)に、強い劣等感を抱いている。そしてこの構図は、この二人だけでなく、梅園高校競技かるた部全体にあてはまる。たとえば、白野(齋藤潤)には瑞沢のエース・懸心(藤原大祐)、野球一筋だった千江莉(嵐莉菜)には同じ野球部の優樹(山崎雄大)、春馬(高村佳偉人)にはかるた強豪の北央学園に在籍する弟の翔(大西利空)。さらに与野(山時聡真)が、ぐんぐんと実力をつけるチームメイトの白野に対して、自信を失うシーンもあった。

 いわば『ちはやふるーめぐりー』自体が、“じゃない”人たちによる団体戦=連帯の物語になっていた。個人で勝つのではなく、チームとして勝利する。最初の対瑞沢戦では、あえて初心者のめぐるを高校ナンバーワンの実力者である懸心にぶつけ、A級の八雲(坂元愛登)を確実に勝たせる作戦が取られていた。強大な敵に立ち向かうとき、全員で手を取り合って勝利をつかみにいく姿勢は、個人では耐えきれないデスゲーム化した社会における最善の戦い方なのかもしれない。

 『ちはやふる』シリーズの聖地といえば、全国大会の舞台・近江神宮だが、めぐるたちが必死の思いで辿り着いたのは、その一歩手前。東京エリアの最終予選だった。強豪・瑞沢を相手に、3組同時の運命戦へともつれ込んだものの、梅園は敗退する。その結末は「競技かるた」という競技の厳しさや奥深さを描くと同時に、この時代に“勝者”になることの難しさも痛感した。

 めぐるたちは負けてしまったが、『ちはやふるーめぐりー』は「勝っても負けてもいい」というようなドラマではなかったと思う。なぜなら『ちはやふる』自体が、勝ち/負けを分かつ競技かるたを描く作品だからだ。ただ、負けたあなたの人生にも、価値がある。もし、何者かになれないことを嘆いていたとしても、あなたの存在には意味がある。あの日、道を間違えて涙する幼いめぐるを抱きしめた奏のように、今を生きる私たちを、そっと包み込んでくれるようなドラマだった。

『ちはやふる-めぐり-』の画像

ちはやふる-めぐり-

2016年から2018年にかけて公開された映画『ちはやふる』シリーズの10年後の世界を舞台にした作品。廃部の危機にある梅園高校・競技かるた部の藍沢めぐるが、顧問として赴任してきた大江奏と出会い、成長していく。

■配信情報
『ちはやふる-めぐり-』
TVer、Netflix、Huluにて配信中
出演:當真あみ、原菜乃華、齋藤潤、藤原大祐、山時聡真、大西利空、嵐莉菜、坂元愛登、高村佳偉人、橘優輝、石川雷蔵、瀬戸琴楓、髙橋佑大朗、藤枝喜輝、大友一生、漆山拓実、上白石萌音、内田有紀、要潤、榎本司、富田靖子、高橋努、波岡一喜、髙嶋政宏
ショーランナー:小泉徳宏
監督:藤田直哉、本田大介、松本千晶、吉田和弘
脚本:モノガタリラボ(小坂志宝、本田大介、松本千晶)、金子鈴幸
プロデューサー:榊原真由子、巣立恭平、中村薫、平田光一
企画・プロデューサー:北島直明
チーフプロデューサー:松本京子
音楽:横山克
主題歌:Perfume「巡ループ」(UNIVERSAL MUSIC LLC)
制作協力:ROBOT、ウインズモーメント
©日本テレビ
公式サイト:https://www.ntv.co.jp/chihayafuru-meguri/
公式X(旧Twitter):https://x.com/chihaya_koshiki

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