『九龍ジェネリックロマンス』に潜む“懐かしさ”の正体とは 生と死の境界としての香港

『九龍GR』に潜む“懐かしさ”の正体とは

 「いまはもうなき」人を「いまはもうなき」世界に再構築する——工藤とワンダのこれらの営みは、彼らなりの喪の作業なのだろう。劇中「懐かしいという感情は恋と同じだ」とオリジナルの鯨井、そして工藤が発する。たしかに懐かしさは恋であるのかもしれない。しかしそれと同時に、恋の対象が失われたとき、懐かしさは唯一の拠りどころにもなる。それはいまという時間軸の地を踏みしめていられればいいが、懐かしさに足をとられ、ノスタルジックな想像の世界に迷いこんでしまえば、現実の感覚すら不安定になってしまう。架空の九龍城砦やシットコムの世界は、たしかに喪失の悲しみを癒す一時的な働きをなしてくれるが、いずれそこから離れなければならないという運命も背負っている。

 生と死の境界に位置する喪の作業の舞台として香港の地が選ばれたのは、決して九龍城砦というフィクションに愛された存在だけが理由ではないだろう。香港はさまざまな側面で境界線上にある。まず香港は清朝が初めて海外に渡した土地であり、第二次世界大戦が終わっても英国が手放さなかった例外的な植民地であった。現在では一国二制度に基づき独自の行政権を有し、特別扱いでWTO(世界貿易機関)やIMF(国際通貨基金)に国家扱いで加盟できるうえに、オリンピックにも香港チームとして参加する行政区となっている。言語においても公的な場では北京語を使う二重構造も見られるが、基本的には広東語が主流である。このように境界性をもつ香港は、生と死の境界に実体をもたせてゆく喪の作業を描くには格好の舞台であるといえるだろう。境界上でさまざまな文化が雑多に混じった混沌の地、香港そして九龍城砦だからこそ描ける喪失と回復がきっとある。懐かしいけれども新しい寂寥と混沌が入り交じる土地で、寂しいのに温かい感情を描ききった『九龍ジェネリックロマンス』に喪失と回復の美しい一例を見せてもらった。

■公開情報
『九龍ジェネリックロマンス』
全国公開中
出演:吉岡里帆、水上恒司、栁俊太郎、梅澤美波(乃木坂46)、フィガロ・ツェン、花瀬琴音、諏訪太朗、三島ゆたか、サヘル・ローズ、関口メンディー、山中崇、嶋田久作、竜星涼
原作:「九龍ジェネリックロマンス」眉月じゅん(集英社『週刊ヤングジャンプ』連載)
監督:池田千尋
脚本:和田清人、池田千尋
音楽:小山絵里奈
主題歌:Kroi「HAZE」(IRORI Records/PONY CANYON INC.)
制作プロダクション:ROBOT
制作協力:さざなみ
配給:バンダイナムコフィルムワークス
©眉月じゅん/集英社・映画「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会
公式サイト:kowloongr.jp
公式X(旧Twitter):kowloongr_jp
公式Instagram:kowloongr_jp
公式TikTok:kowloongr_jp

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