高齢者たちが未解決事件の調査に乗り出す 『木曜殺人クラブ』はなぜ支持されたのか?

『木曜殺人クラブ』が支持された理由とは

 本国イギリスだけで、異例の速度による100万部の売り上げを突破し、さらには世界中でシリーズ累計1000万部以上を売り上げた、イギリスの大ヒットミステリー小説『木曜殺人クラブ』。高齢者施設で暮らす入居者たちの一部が集まり、未解決事件の調査に乗り出すというユニークな内容で、多くの読者を魅了しているシリーズだ。

 そんな大人気のミステリー小説の第1作が、スティーヴン・スピルバーグのプロダクション「アンブリン・エンターテインメント」によって映画化。『ホーム・アローン』、『ハリー・ポッター』シリーズのクリス・コロンバスが監督を務め、ついにNetflixでリリースされた。

 ここでは、そんな本作『木曜殺人クラブ』について、高齢者たちが活躍する題材が、ここまで人々の関心を惹きつけた理由や、映画版がどのようにそれを描こうとしたのかを考察していきたい。

 舞台となるのは、富裕層向けの高級高齢者施設「クーパーズ・チェイス」。つまり「老人ホーム」なのだが、広大で風光明媚な土地に建つ歴史ある大邸宅という環境は圧倒的で、高齢者ならずとも、すぐにでも入居したいと思わせる家である。本作では、バークシャー州にある、エリザベス朝様式のカントリーハウス「エングルフィールドハウス」が撮影に使われている。コロンバス監督は、「退職者の人々が集まる“ホグワーツ”」をイメージしたのだという。

 そんな施設に入居する人々は、自然と名士や裕福な高齢者に限られる。入居者たちは、この恵まれた環境のなかで、絵を描いたりアーチェリーをしたりジグソーパズルをしたりと、めいめいに優雅な時間を過ごしている。その中で、木曜限定で未解決事件を推理するという、やや物騒な集まりがあった。それが、「木曜殺人クラブ」というわけだ。ある日、クーパーズ・チェイスのオーナーのひとりが自宅で撲殺されるという事件が発生。本物の事件が身近で起きたことで、メンバーは嬉々として真相の究明へと乗り出す。

 「木曜殺人クラブ」のメンバー3人を演じているのは、ヘレン・ミレン、ピアース・ブロスナン、ベン・キングズレーという、豪華な面々。ミレン演じるエリザベスは、元・イギリス諜報員。ブロスナン演じるロンは、元・労働組合のリーダー。そしてキングズレー演じるイブラヒムは元・精神科医だ。そんな3人の集まりの仮メンバーとして加入することになるのが、新たな入居者で元・看護師のジョイス(セリア・イムリー)である。

 そんなジョイスの娘は、若くしてビジネスに成功した資産家ジョアンナ。ちなみに、彼女を演じるイングリッド・オリバーは、原作者リチャード・オスマンと2022年に結婚しているという。ジョアンナは潤沢な資産があるので、母ジョイスを入居させるのに支障はないのだが、ホームに入れることには抵抗感があるようだ。しかし、ジョイスの気持ちは異なる。

 ジョアンナが住むことを薦めるロンドンの地区ハックニーは、とくにロンドンオリンピック以降、ジェントリフィケーション(富裕層化)が進み、近年はおしゃれな地区へと変貌を遂げている。夫に先立たれたジョイスは、そんな若者たちの活気のなかで暮らし続けるのは、疎外感をおぼえると言うのだ。娘と離れたとしても、近い年の友達を作ってホームで過ごした方がいいのだと語る。この母と娘の価値観のすれ違いというのは、世代や年齢ゆえの考え方の差異を感じさせるものだ。

 本作はこのように、より若い世代から見た高齢者の姿ではなく、高齢者からの視点による生活の見方や心情がリアルに語られるのが特徴だといえる。入居者たちは一握りの成功者だったが、いまではパートナーや仲間たちとの別離だったり、身体に不調をきたしたり、認知能力が低下するなど、切実な問題にも悩まされている。その切迫感や憂鬱な気持ちには、貧富の差は関係ない。高齢になれば誰もが経験するものなのだ。

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