『バレリーナ』“殺し屋少女”ならではの戦闘が痛快 アナ・デ・アルマスの大立ち回りを分析

『ジョン・ウィック』シリーズのスピンオフとして制作された『バレリーナ:The World of John Wick(以下、『バレリーナ』)』は、運命に翻弄されて殺し屋となっていく少女の物語だ。殺し屋養成機関に放り込まれ、訓練を経てただの少女から殺し屋に変貌していく過程をしっかり観せてくれる序盤部は、『ニキータ』(1990年)や『悪女/AKUJO』(2017年)を思い出す。ともに、女殺し屋ものの名作だ。

父を謎の殺人教団に殺され、孤児となったイヴ(アナ・デ・アルマス)を殺し屋の道に導いたのは、ニューヨーク・コンチネンタルホテルの支配人、ウィンストン(イアン・マクシェーン)だ。つれていったのは、暗殺者とバレリーナを養成する組織、ルスカ・ロマである。ウィンストンは、シリーズ全作を通してジョン・ウィック(キアヌ・リーブス)の良き理解者だ。ルスカ・ロマは、かつてジョン・ウィック自身が所属した組織であり、言わばイヴはジョンの後輩にあたる。
また、シリーズ3作目『ジョン・ウィック:パラベラム(以下、『パラベラム』)』(2019年)で、ジョン・ウィックが古巣、ルスカ・ロマを訪れるシーンがある。本作において、イヴはその際にジョンと接点があったことが描かれている。ついでに、ジョンが焼印を押されて苦悶する場面ものぞき見していた。本作は、『パラベラム』の頃の物語であることがわかる。

実はいい人のウィンストンがつれていっただけあって、ルスカ・ロマも殺し屋養成機関としては“人情派”な組織に思える。まだ幼いイヴがつれてこられたとき、教官役のノギ(シャロン・ダンカン=ブルースター)が終始悲痛な表情をしていたことが、印象に残っている。殺し屋の道を進むかわいそうな子供が、また一人増えるのね……。もう慣れっこであるはずなのに、彼女は新しい子供が来るたびにこんな顔をするのだろうか。だとしたら、そもそもこの仕事には向いていないのではないか。いい人すぎる。この性格なら、任務失敗などで元・教え子が死ぬたびに、泣いているのではないか。やはり転職したほうが……。
こんな組織だから、辞めたくても辞めさせてもらえないのではないか。そう反論されそうだが、そうでもないようだ。練習生時代のイヴと仲の良かったタティアナという少女が、「殺し屋に向いていない」という理由で突然クビになる。闇組織の話なので、当然粛清されたと思っていた。だが後に、「タティアナ」という演者が出ている“表”のバレエ公演を、イヴが観ているシーンがさり気なく描かれている。あのタティアナとこのタティアナが同一人物なら、辞めた後に表舞台に出るような職についてもお咎めなしということだ。かなりホワイトな殺し屋組織である。

訓練風景もホワイトである。昔から映画や漫画などで描かれてきた殺し屋組織の訓練と言えば、文字通り命がけで行われ、ついてこれない者は死ぬ。そして生き残った一握りの精鋭だけが、プロの殺し屋として現場に出る。このようなパターンが多かった。だがルスカ・ロマは違う。拳銃を使った模擬戦闘では、殺傷力のないゴム弾を使う。格闘術の訓練は、ロシアの軍隊格闘術でもあるコンバット・サンボをベースとしているようだ。スパーリング風景を見ても、殺し合いで有効そうなエグい技術は使わず、スポーツ格闘技の範疇で行われている。安全管理がしっかりしている。ホワイトだ。現実問題として、訓練でガンガン死んでいては効率が悪すぎるし、正しい運営方法だと思う。どうせ現場に出れば、ガンガン死ぬのだ。




















