『あんぱん』にも重要作として登場? やなせたかしの知られざる名作『やさしいライオン』

感動的で涙を誘うストーリーは急ごしらえだったにもかかわらず好評を博した。評判を受けて絵本として刊行されてやなせの絵本作家としての才能を世に知らしめた。ここから『PHP』がやなせに1年連載の童話シリーズを依頼することになるが、その中にあったのが「アンパンマン」という作品だった。後の『アンパンマン』の原形だ。
顔はパンではなく人間だが、お腹をすかせた子どもたちのためにパンを届けるというところは同じ。やがて顔がパンに変わり自分の顔を差し出すという設定になって、絵本からTVアニメに広がって今の世界的な人気へと繋がっていく。その意味で、『やさしいライオン』は『アンパンマン』へと至る道の源流にある作品だということになる。自分をなげうってでも誰かを助けようとする展開も、『アンパンマン』に通じるものがあった。
最初に描いた『アンパンマン』自体はあまり受けなかったが、「数年後、『やさしいライオン』が売れたため、今度はやなせさんの好きなものをかいてくれといわれました。またアンパンマンをかいたらいやな顔をされましたが、これが子供の間で人気に」なったと『ボクと、正義と、アンパンマン』に書かれている。
『やさしいライオン』があったからこそ『アンパンマン』は生き延びて、やなせの代名詞とも言える存在になった。やなせが人生の柱と言って挙げる理由も分かるだろう。

そしてもうひとつ、アニメというものにやなせを深く関わらせることになった作品でもある。ドラマでは手嶌治虫(眞栄田郷敦)として登場する漫画家の手塚治虫から、やなせにアニメ映画のキャラクターをデザインしてほしいという依頼が入る。漫画家としては見知っていても、活発な交流があった訳ではない手塚からどうして? そう思いながらも参加して美術監督を務めた作品が、手塚の原案で山本暎一が監督を務めた長編アニメーションの『千夜一夜物語』(1969年)だった。
『ボクと、正義と、アンパンマン』の中でやなせは、「この映画におけるボクの貢献度は〇・〇一パーセント以下でしょう。あとは、すべて巨人・手塚治虫以下の現場スタッフの努力でした」と謙遜している。「ボクは一緒に仕事をしてみて、こんな人間は百年に一度しか出現しないと感じ入りました」とも綴って、9歳年下の手塚に最大限の賛辞を贈っている。
『アンパンマンの遺書』によると、その手塚が『千夜一夜物語』の成功に気を良くして、やなせに「ヒットのお礼に、何かアニメーションの短編を自由につくってください」「製作費は、ぼくのポケットマネーから出します」と言ったことで、やなせはアニメーションの監督をすることになった。選んだ題材が、既にラジオでやっていて、脚本も音楽もできている『やさしいライオン』だった。
これが自身も驚くような展開を見せる。毎日映画コンクールという伝統ある映画の賞の第24回で、大藤信郎賞という、これも日本のアニメーションに関して最も歴史を持つ部門賞を、『やさしいライオン』を制作した虫プロダクションとして受賞してしまったのだ。1962年に手塚治虫が『ある街角の物語』で受賞したのを始め、1979年には宮﨑駿監督の『ルパン三世 カリオストロの城』を制作した東京ムービー新社が受賞し、1981年には高畑勲監督の『セロ弾きのゴーシュ』を制作したOH!プロダクションとして受賞。他にも錚々たるクリエイターや作品が並ぶ賞に名を刻み、アニメーション史に残る作品となっている。

その後、やなせが本格的にアニメーション作りに直接携わることはなかったが、1度でも『千夜一夜物語』と『やさしいライオン』でアニメーションの現場を経験していたから、1988年に『アンパンマン』がTVアニメ化されるに当たって、どうすれば自分の思いをアニメーションで表現してもらえるかを、しっかりと現場に伝えることができたのかもしれない。結果、時流にも商業主義にも流されないTVアニメとして『それいけ!アンパンマン』は40年近く放送が続くヒット作となり、やなせを誰もが知る漫画家であり絵本作家にした。
やはり『やさしいライオン』は柱だった。そして原点でもあった。
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK






















