『ANORA アノーラ』と重なる『それでも夜は訪れる』 ヴァネッサ・カービーの深みある演技

『それでも夜は訪れる』が描くささやかな希望

 第97回アカデミー賞で、作品賞を含む最多5部門を獲得し、賞を席巻した『ANORA アノーラ』(2024年)。この作品では、ニューヨークを舞台に、ストリップダンサーの女性が人生を狂わされる状況のなかで奔走する、2日間ほどの出来事が描かれる。アカデミー賞主演女優賞を受賞したマイキー・マディソンの演技は、アメリカ社会の厳しい現実のなかに生きる、一人の女性のたくましさと弱さを表現する、力強いものだった。

 そんな『ANORA アノーラ』に勇気をもらった観客には、Netflixで配信が始まった映画『それでも夜は訪れる』を薦めたい。ウィリー・ヴローティンの小説を原作にした本作の内容は、貧困にあえぐ一人の女性が家族の住む家を守るため、トラブルに遭いながらも、一夜というタイムリミットのなかで街を巡りながら、あらゆる方法で金をかき集めるというもの。

 主演するのは意外にも、あのヴァネッサ・カービー。ドラマ『ザ・クラウン』で英国の王族・マーガレット王女を演じ、『ミッション:インポッシブル』シリーズでミステリアスな武器商人「ホワイト・ウィドウ」役で話題を集め、『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』(2019年)や『ナポレオン』(2023年)などの大作に抜擢されてきた俳優だ。気品や知性、カリスマ的な役柄が多かった彼女が、『ANORA アノーラ』でマイキー・マディソンが演じたような、パワフルで庶民的なキャラクターを演じるのだ。

 ここでは、そんな本作『それでも夜は訪れる』の内容を追いながら、そこに描かれた女性の奮闘や、彼女たちを追い詰める社会状況の厳しさがどのようなものだったのかを考えていきたい。

※本記事では、映画『それでも夜は訪れる』のストーリーの展開を、一部明かしています

 物語の舞台となっているのが、オレゴン州ポートランドだ。有名な都市の中では比較的コンパクトに収まる規模感だが、再開発で発展し、文化の発信地にもなっていて、近年のアメリカで「住みたい街」によく名が挙がるほど人気がある。それゆえに移住者も年々増え、地価が高騰している状況である。さらには物価の高騰も重なり、長くポートランドに住む貧困層にとっては経済的に厳しい状態が続いている。

 主人公のリネット(ヴァネッサ・カービー)もまたその例に漏れず、生活費に悩まされている一人である。彼女は母親ドリーン(ジェニファー・ジェイソン・リー)と障害のある弟ケニー(ザック・ゴッツァーゲン)と同居し、仕事を掛け持ちしながら、空いた時間で学校に通っている。ひたむきに働くリネットは、自分が生まれ育った家を“持ち家”にすべく、母親とともにローンを組む契約を結ぼうとしていた。

 しかし彼女は、とんでもないトラブルに直面することになる。なんと母親ドリーンが、頭金にする25,000ドル(約370万円)を使い込み、マツダの新車を購入してしまったのだ。観客は、このめちゃくちゃな行動に度肝を抜かれることになるが、ドリーンがそのような暴挙に出たことには、のちに分かることとなる、“ある理由”が隠されていた。

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