『崖の上のポニョ』が描く自然の脅威と感性のまぶしさ 『モアナ』『千と千尋』と共通点も

『ポニョ』自然の脅威と感性のまぶしさ

 宮﨑駿監督の『崖の上のポニョ』(2008年)(以下、『ポニョ』)は、公開当時「子ども向けの童話的ファンタジー」として受け取られることが多かった。しかし大人になって見返すと、その物語には「センス・オブ・ワンダー」と「自然への畏怖」という2つの軸が深く通底していることに気づかされる。境界を越える瞬間の高揚感と、自然の力に対する人間の無力さ――これらは日本固有のテーマにとどまらず、海外作品とも共鳴する普遍的な感覚である。

 作中でもっとも印象的なシーンのひとつが、宗介とリサが車で長いトンネルを抜ける場面だ。通過前と後で風景も時間の感覚も変わり、現実世界と幻想世界を隔てる境界線としての機能を担っている。これは日本神話における「黄泉比良坂」や、民俗伝承の「神隠し」のモチーフを想起させるだろう。言わずもがな、宮﨑監督の大ヒット作『千と千尋の神隠し』(2001年)冒頭にも通じる要素である。

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 興味深いのは、同様のイメージが海外作品にも見られることだ。アメリカのストップモーション映画『コララインとボタンの魔女』(2009年)(以下、『コラライン』)では、家の奥にある小さな扉の向こうに布で覆われた狭いトンネルがあり、それを抜けると「もうひとつの世界」に辿りつく。『ポニョ』と同じくトンネルを異界の入り口とする発想だが、こちらは不穏さと捕食的な気配をまとっている。

 両作を比べると、トンネルは共通して「世界を切り替える装置」として描かれつつ、そのニュアンスは文化によって異なることが分かる。『ポニョ』のトンネルが柔らかく受容的な幻想へと誘うのに対し、『コラライン』のトンネルは一度入れば戻れないかもしれないという恐怖を抱かせる。両者ともに深層心理にはたらきかける重要な描写として描かれているが、その解釈の違いが作品のトーンを決定している。

 もう一つの重要な軸は、海の存在感である。『ポニョ』では、大波が街を飲み込むシーンに象徴されるように、海は圧倒的な力を持つ存在として現れる。同時に、ポニョの母であるグランマンマーレは巨大で神秘的な姿で登場し、宗介たちを温かく見守る。その姿には「母性」と「畏怖」が矛盾せず同居している。

 この構図は、ディズニーの『モアナと伝説の海』(2016年)(以下、『モアナ』)にも通じる。モアナを導き、時に試練を与える人格を持った海は、主人公の成長を促す存在として描かれる。ポリネシア神話に基づく「海=創造と破壊の源」というイメージを下敷きにした入念なクリエイティビティは、『ポニョ』の海の二面性と並列して語るに遜色がない。自然は人間が利用する資源ではなく、畏敬をもって向き合うべき主体的な存在なのだ。

 ここで注目すべきは、「畏怖」が単なる恐れではなく、共存を可能にする感覚として描かれている点である。人間が自然に対して小さな存在であることを認めるーーその前提があるからこそ、作品は「共に生きる」というラストに繋がる希望を提示できる。

 『ポニョ』において、「トンネル」と「海」というモチーフは互いに重なり合っている。トンネルを抜けた先に広がるのは、意思を持った海の世界。境界を越えた瞬間に自然が主体性を帯び、物語の中で人間と対等に関わる存在へと立ち上がる。観客が体験するセンス・オブ・ワンダーは、主人公ポニョと宗介の歩む道のりをなぞることで最も強く輝く。

 『崖の上のポニョ』『コラライン』『モアナ』。異なる文化的背景を持つ3作品だが、いずれも相互に響き合う共通項がある。国ごとに異なる文化に根ざした世界観は、子どもだけでなく、大人の心も揺さぶるだろう。

 宮﨑駿作品はしばしば「自然と人間の関係」を描くと語られるが、『ポニョ』の魅力はそれを単なるテーマとしてではなく、観客の身体感覚に響く体験として提示している点にある。現代の物語が失いがちな「畏れを伴った驚き」を、アニメーションはいまだ鮮やかに描くことができる。そのことを確認するためにも、今あらためて『ポニョ』を見直す価値があるだろう。

■放送情報
『崖の上のポニョ』
日本テレビ系『金曜ロードショー』にて、8月22日(金)21:00~23:09放送
※放送枠15分拡大 ※ノーカット放送
声の出演:山口智子、長嶋一茂、天海祐希、所ジョージ、奈良柚莉愛、土井洋輝、柊瑠美、矢野顕子、吉行和子、奈良岡朋子ほか
原作・脚本・監督:宮﨑駿
音楽:久石譲
主題歌:林正子・藤岡藤巻と大橋のぞみ
©2008 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, NDHDMT

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