『あんぱん』が向き合った“反戦”と“軍国主義” 戦後80年に描かれる戦争の恐ろしさ

『あんぱん』が向き合った反戦と軍国主義

 嵩は思い出のシーソーでのぶに渡したプレゼントをつき返されたとき、「美しいものを美しいと思ってもいけないなんて、そんなのおかしいよ」と言い放つ。反戦への思いとは裏腹に、激化の一途をたどる戦争に巻き込まれていく彼は、それでも上陸した中国・福建省で「これのどこが正義の戦争なんだ」と健太郎(高橋文哉)に問いかける。

 そして、現地の人に紙芝居を見せる宣撫班の活動を経て、過酷さを増していく戦場で嵩が目の当たりにしたのは、立場や状況で呆気なく反転する正義と憎しみが引き起こす復讐の連鎖。終戦後、のぶに語りかけた「正しい戦争なんてあるわけがないんだ」というセリフは、間違いなく彼の心に刻まれた傷の深さを物語っていた。

 そんな嵩と小倉で再会を果たした千尋(中沢元紀)もまた、戦争によって愛する人に思いを伝えられなかった後悔を迷うことなく口にする。「この戦争がなかったら」と繰り返し叫ぶ千尋の姿は、あの時代を生きた人々が胸に秘めていた心の叫びのようにも思えた。

 さらに、戦地に赴かずとも、戦争を憂い、否定する人々の姿はたびたび映し出されてきた。想い人だった豪(細田佳央太)を戦争で失い、のぶに「うちはもう戦争なんかに関わりとうない」と話す蘭子(河合優美)。日本人義勇兵として欧州大戦(第一次世界大戦)に参戦して、空腹のなか塹壕で仲間の死を目にした草吉(阿部サダヲ)。陸軍から乾パンの製造を依頼される名誉を断ってでも、ふたりは強い意思で戦争への加担を拒もうとした。

 何より印象的だったのは、大勢の人々が武運長久を祈って嵩を戦地へと送り出すなか、ただひとり嵩の母・登美子(松嶋菜々子)が「絶対に生きて帰ってきなさい」と揺るぎない信念で発言したシーン。時代の空気にも安易に流されることなく、毅然とした態度で息子の帰還を第一に考える。祖国の役に立つことが当たり前とされていたあの時代において、登美子の言葉は誰もが口にできなかった、けれど本当は息子に伝えたかった本心を代弁したセリフでもあった。

 一方で、従来の朝ドラヒロインが戦争に抗う存在として描かれてきたなか、のぶは女子師範学校の教えをもって教師となり、「愛国の鑑」として国のために戦うことを奨励する人物になっていた。子どものころのまっすぐでハチキンな彼女を見ていたからこそ、その純粋さゆえに愛国思想に染まっていく姿に、身近な日常に侵食する戦争の恐ろしさを身にしみて感じる。

 今でこそ、漫画家の夢に向かって仕事を辞める覚悟を決めた嵩と、彼の夢を叶えるために寄り添うのぶの姿が映し出されているが、ふたりには戦争の惨禍を目の当たりにして、生きる意味を見失っていた日々があった。

 そして、これまで戦中戦後の時代を真っ向から描いてきたからこそ、彼らが苦悩を超えた先にも諦めず追い求める“逆転しない正義”は、視聴者の誰もが心待ちにする希望の象徴にもなった。

 のぶと嵩の勇姿を最後まで見届けるためにも、彼らが歩んできた戦争の歴史を忘れないでおきたい。ふたりが物語を走り抜ける、そのときまで。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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