『事故物件ゾク 恐い間取り』がうったえる“優しさ”の重要性 本人役で登場するタレントの意味

『事故物件ゾク 恐い間取り』の“謎”を追求

 ところで筆者は、怪談話自体は好きなものの、実際には心霊の起こす怪異というものを、理性では信じていない。とはいえ、ある人間の激しい思いが、何らかの影響を人に与え得るということを知っている。単に光の像をスクリーンに映し出したもの……すなわち「映画」が、観客に深い感動を与えることも知っている。それ自体は“物理的な力”を持たないにもかかわらず、である。

 であれば、自分の前にその部屋に住んでいた住人が、どんな人だったのか、どんな思いを持っていたのかを、もし知ることがあれば、そこで現実に何らかの行動をとることがあるかもしれない。ポジティブなものであれネガティブなものであれ、霊の起こす現象というのは、“そういう力”なのかもしれない。

 物語の終盤で明かされるのは、ヤヒロの少年時代からの憧れのタレントであり、事故物件に住み続けるという試練に耐える精神的主柱となっていたのが、じつは勝俣州和(本人役)だった、という意外な事実だ。ちなみに脚本家の保坂大輔は、彼をキャスティングすることを強く希望したのだという。もともと俳優を想定して書いた、いわば“あてがき”なのである。(※)

 ここでは、観客の多くが一瞬、呆気にとられ、疑問にも思ったのではないだろうか。なぜなら、お笑いグループ「おぎやはぎ」の矢作兼がバラエティ番組で「勝俣州和・ファン0人説」なる説を(あくまでネタとして)提唱したことが象徴するように、大勢に満遍なく好かれてはいても、熱心なファンはいないのではないか……というパブリックイメージもあるからだ。

 たしかに、ハーフパンツとツンツンヘアをトレードマークに、バラエティ番組で元気に盛り上げる姿には、幅広い番組で活躍できる汎用性を持っているが、反面、絶対に彼でなければならないというシチュエーションも思いつきづらいかもしれない。そういったタレントを、心の師として頑張り続けるという主人公の心情に疑問をおぼえる観客もいるはずだ。しかし、だからこそこには“意味”があるとも考えられる。

 思えば、桑田ヤヒロという主人公は、とくに際立った専門性がない状態で、やみくもにタレントを目指した人物である。しかし彼には、“共感の力”といった才能があったことが、怪異とともに劇中で示されていく。そしてそれは、勝俣州和の特技でもあるのではないのか。

 それがよく分かるのは、和田アキ子の番組に出演する「アッコファミリー」としての活躍だ。勝俣は、和田がときに生放送で不用意な発言をしたり、理不尽な要求をしてくる度に、バランスを取る役回りを強いられてきた。制御の難しい和田のパーソナリティを熟知し、数々の不測の事態に適切な対応をすることで、番組が番組として成立するのである。盛り上げ役であると同時に、そういった「バランサー」にもなれることが、勝俣州和が芸能界で重宝され、長年生き残ってきた秘訣であるだろう。そこで何より必要とされる能力が、各方面の立場を読み取れる“共感力”というわけだ。

 勝俣州和が登場するラストシーンが、あのような描写になったというのは、やはり彼が、主人公ヤヒロと同じタイプであったことを示唆する意味があると考えられる。「みんなが行く道に行くな」、そして「大変な道へ行ったら、優しい性格になれます」という、少年時代のヤヒロの指針になったスピーチは、まさにそれを表しているといえよう。

 本作『事故物件ゾク 恐い間取り』は、勝俣州和というタレントを通して、“優しさ”の重要性をうったえる作品となった。ホラー映画としては意外な流れであるといえるが、事故物件に住みまくった松原タニシの精神的な境地や、中田秀夫監督の作家性が、必然的にそこにたどり着いたのだと感じられる。そして、他人の境遇や状況に理解と共感を進め、寛容の気持ちを持つことは、幽霊のみならず、現在の社会状況のなかで必要とされる態度であるともいえるのではないだろうか。

参考
※ https://news.yahoo.co.jp/articles/c65805dde89246fc4e9372077b7d8dd65ba825a2

■公開情報
『事故物件ゾク 恐い間取り』
全国公開中
出演:渡辺翔太、畑芽育、山田真歩、じろう(シソンヌ)、加藤諒、金田昇、諏訪太朗、佐伯日菜子、ますだおかだ、なすなかにし、河邑ミク、松原タニシ、大島てる、田中俊行、亀本ゆず、笹原妃菜、櫂作真帆、森直子、笹原妃栞、正名僕蔵、滝藤賢一、吉田鋼太郎
原作:松原タニシ『事故物件怪談 恐い間取り』シリーズ(二見書房刊)
監督:中田秀夫
企画・配給:松竹
制作プロダクション:松竹撮影所
©2025「事故物件ゾク 恐い間取り」製作委員会
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/jikobukken-movie
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