『あんぱん』高知新報編終了は早すぎた? 展開スピードも“史実”に忠実な構成を分析

約2カ月かけて戦争パートを丁寧に描いた一方、わずか3週間で駆け抜けた新聞記者編が、慌ただしく感じられるのは否めない。とはいえ、この急展開も史実に忠実だ。のぶのモデルとなった小松愓も、1946年に高知新聞へ入社。日本社会党の佐竹晴記代議士の秘書として引き抜かれ、1年足らずで新聞社を辞めている。初の女性記者の1人として将来を嘱望されていたにもかかわらず、あっさりと職場を去ってしまったのだから、周囲も驚いたに違いない。そして、ほぼ同期入社だったやなせたかしも、惚れたのぶを追いかけるようにして、翌年に新聞社を辞めて上京した。

『あんぱん』は……というより朝ドラ全般において、創作みたいな仰天エピソードが、実際に起きた出来事だったというケースは少なくない。たとえば、のぶの速記エピソードも、小松愓が速記術の達人であった事実に由来する。東京での取材中にのぶ以外の全員がおでんによる食中毒に見舞われたことも、昭和南海地震の日、朝まで寝ていたやなせが、ジャーナリストとしての適性の無さを痛感したことも史実通りだ。
とはいえ、東海林から「新聞記者に大切なものをすべて持ち合わせている」と評価されたのぶの能力が、もう少し発揮される姿も見たかった。津田健次郎、倉悠貴、鳴海唯の芝居も同様に。そもそも、のぶ自身が“記者”という仕事にどれほどの熱意があったのか、いまひとつ伝わってこなかった。では、のぶの本懐はどこにあるのだろう。それはやはり、戦争によって深く傷ついた子どもたちに向けられているのではないか。かつて教師として軍国教育に加担してしまったことへの自責の念が、彼女を突き動かしているように思えてならない。

のぶは明るく活発な一方で、あまり自己開示をしないタイプだ。口数は少ないが、胸の内を素直に打ち明ける蘭子とは対照的に、のぶのふとした一言で「そんなことを考えていたのか……!」と驚かされることがしばしばある。たとえば第16週、鉄子の取材中にのぶはこんなふうに語っていた。
「いっぺん私はまちごうてしもうたので」「今度こそ周りに流されんように、しっかり自分の足で立って、ちゃんと自分の頭で考えたいと思うちょります」
終戦を迎え、世の中が新しい時代へと歩み出そうとしている中、のぶはいまもなお、国のための自己犠牲を当然とする教育を施していたことを悔いていたのだ。涙するわけでもなく、淡々と事実を受けとめる姿には、言葉だけでは図れない底しれぬ強さを感じた。そして、悲しいくらいの生真面目さも。「そういう時代だったから」で時間が解決してくれることもあるだろう。だが、誰よりも負けん気が強く、真っすぐすぎるのぶは、後ろめたい気持ちを風化させようとしない。
信じていた正義が逆転してしまったとき、私たちはどうすればいいのか。『あんぱん』は、そんな永遠の問いに、時間をかけて答えを出そうとしている。積み重なったのぶの後悔が、政治家の秘書として働くことで、和らぐかはわからない。けれどもし、その後悔が晴れる日がくるとしたら、嵩が希望に満ちたキャラクターを生み出すことが、大きなきっかけになるのではないだろうか。
三星百貨店に勤務する傍ら、嵩はふたたび漫画家への道を目指し始める。ご存知の通り「アンパンマン」が誕生するのは、それから約20年近くの月日が経ってからのこと。嵩から生まれたキャラクターが、どんな時代でも子どもたちに夢や希望を与える存在になったとき——その過程をいちばん近くで見守っていたのぶは、ようやく背負っていた荷物を下ろせるのかもしれない。
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK





















