『鬼滅の刃 無限城編』ufotable、神の“原作補完”に大感謝 大ボリュームの3バウトを総括

最後の戦いが始まった。炭治郎が、善逸が、伊之助が、カナヲが、玄弥が、柱が、平隊士たちが、無限城に落ちていく。大スクリーンで観た無限城の造形は、もはや城というより一つの都市のようであった。「チャチな無限城なら観たくない」と思っていたが、いざこれだけのものを観せつけられると、「誰がここまでやれと言った!」と、胸ぐらを掴みたくなった。もっと自分を大切にしろと。このクオリティのものを創り出すために、ufotableの方々はどれだけの魂を削ったのか。しかも、これで終わりではないのだ。あと2作あるのだ。

『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』は、事前の予想をはるかに上回るハイ・クオリティを見せつけながら始まった。脳の許容範囲ギリギリの映像美の中を、鬼殺隊たちが落ちていく。その際、蛇柱・伊黒小芭内が恋柱・甘露寺蜜璃の手を急降下する空中でしっかりと繋ぎとめたシーンで、すでに落涙しそうになった。この描写は原作にはない。原作は結末まで読んでいるが、この2人にはどんな形であっても幸せになってほしいのだ。
下弦程度の力を“持たされた”ザコ鬼がうじゃうじゃ出てくるが、それらの相手を平隊士たちが務めていることにも、胸が熱くなる。ただのモブだった彼らが、下弦に勝てるぐらいにまで強くなったのだ。柱稽古は無駄ではなかった。特に那田蜘蛛山ではなにもできずに繭にされていた村田さんの水の呼吸(エフェクト薄め)を観られただけでも、嬉しくなる。
細かい見どころを上げていくとキリがないので、これぐらいにしておく。本作でメインとなるのは、やはり鬼殺隊主力メンバーVS上弦の鬼の対決だ。この第一章では、3つの戦いが描かれる。どの戦いも、流れ作業で書いては失礼に当たる。鬼殺隊に対しても。鬼に対しても。だからこちらも性根を据えて書く。
蟲柱・胡蝶しのぶVS上弦の弐・童磨

しのぶは、姉である元花柱・胡蝶カナエの仇と遭遇する。いつもにこやかな笑顔を崩さなかった彼女は、初めて青筋をいっぱい浮かべた憤怒の表情を見せる。ただ、常に笑顔の彼女は、いつもご機嫌だったわけではない。炭治郎に見抜かれたように、本当は常に怒っていたのだ。姉が好きだと言ってくれた笑顔の仮面を被り、感情を必死で制御していただけだ。そのリミッターを、おそらく姉の死以来、初めて彼女は外した。
しのぶは、唯一鬼の頸を斬り落とすだけの筋力を持たない柱だ。代わりに、フェンシングのような細い刀の刺突により、毒を注入する戦法で戦う。もちろん、最初からこの戦法を選んだわけではないだろう。剣士になった当初は、死ぬ思いで筋力強化に努めたと思われる。ただやはり、先天的に筋肉量に劣った体質なのだろう。代替案として、毒を使った戦法を編み出す。
彼女の刃は、何度か童磨の頭部や頸部を捉えている。童磨自身、反応できなかったと言っているし、「それだけ速かったら勝てたかも」とも言っている。しのぶに、あともう少し筋力があればと思う。あれだけ薬学に精通していた珠世やしのぶなら、筋肉増強剤的なものを作れなかったものか。

対する童磨は、戦いながらもたびたびしのぶの技を褒めたり、しのぶのダメージを心配したりする。これは筆者があまり強くない格闘家だったからわかるのだが、圧倒的強者からの対戦している弱者への忖度や気遣いほど、弱者のプライドを傷つけるものはない。「圧倒的強者かついい人」という種類の選手は、先ほど試合でボコボコにした弱者に対して、無理やり良かったところを見つけ出して褒めてくれようとする。「いやー、強いですね!」「一瞬負けるかと思いました!」「延長戦になったら負けてました!」「僕が勝てたのはラッキーです!」などなどなど……。こちらも「ありがとうございました。押忍押忍」言いながら、心のなかではしのぶさんのように、「ほんと頭にくる。ふざけるな馬鹿野郎」と思っている。「お前弱ーな」と吐き捨てられたほうがマシだ。
勝負がついた後の童磨のしのぶへの言葉。
「俺は感動したよ!! こんな弱い女の子がここまでやれるなんて」
「姉さんより才もないのによく鬼狩りをやってこれたよ!! 今まで死ななかったことが奇跡だ」
「全部無駄だというのにやり抜く愚かさ!! これが人間の儚さ、人間の素晴らしさなんだよ」
慇懃無礼この上ないが、おそらく童磨には一切悪気はない。童磨には、喜怒哀楽すべての感情がないのだから。だから、しのぶの頑張りに対する感動も、嫌味を言ってやろうという意地悪な感覚も、なにもない。しのぶに対する感情は、「美味しそうな食料」以上でも以下でもない。ただ、「人間は褒められると喜ぶらしい」「自分の頑張りに対して感動してもらえると嬉しいらしい」という後付けの知識から、それらの発言をしているに過ぎない。ただ、本当に感動しての発言ではないので、このようにちぐはぐで気持ち悪い言葉となる。
童磨は、しのぶの体を咀嚼して食べるのではなく、体内に吸収した。柱にまでなるほどの人間の肉なら、極上Aランクの高級肉だろう。齧って食べるよりも吸収したほうが、より効率良く自らの血肉になるのかもしれない。わざわざ肉や魚を食べるより、プロテインを飲んだほうがタンパク質の吸収がいいようなものか。
第二章では、しのぶの継子である栗花落カナヲ+αによる弔い合戦となる。意外な2人がタッグを組むが、お互いに童磨の手によって大切な人を奪われた身である。この戦いも、その結末も、熱い熱いものとなる。楽しみだ。
我妻善逸VS新・上弦の陸・獪岳

元・兄弟子だった獪岳が、上弦の鬼となって善逸と対峙した。本来優秀な剣士であったはずの獪岳だが、そのあまりにも利己的な考え方ゆえに、鬼になってしまった。善逸役の下野紘は、公式パンフにおいて獪岳のことを「なんてもったいない子なんだろう」と語っている。親代わりに育ててくれた、かつての悲鳴嶼行冥がいた。桑島慈悟郎のような愛のある指導者と、仲は悪くとも密かに尊敬してくれている善逸のような弟弟子もいた。ちゃんと愛されていたのだ、獪岳は。惜しむらくは、彼に竈門炭治郎のような友となる同期がいなかったことだ。
獪岳の同期は、やっかみ半分に隠れて彼の悪口を言うような輩しかいなかった。これは、獪岳自身の性格の問題もあるだろう。ただ、炭治郎の同期たちの初登場時を思い出してほしい。善逸も、伊之助も、カナヲも、玄弥も、みんなどこか欠落したキャラクターだったはずだ。彼ら彼女らはみんな、炭治郎という善性の塊のような同期との交流や共闘を経て、真の仲間となっていく。獪岳に、善逸にとっての炭治郎がいれば。
善逸は、自ら編み出した「雷の呼吸 漆ノ型 火雷神」で、獪岳の頸を斬る。「ごめん、兄貴」と言いながら。斬ったあと、「この技で、いつかアンタと肩を並べて戦いたかった……」とも言った。善逸にとっての獪岳は、どれだけ虐げられようとも「兄貴」のような存在であり、いつかは同じ雷の呼吸の使い手として、共闘したい存在だったのだ。
桑島に羽織を渡されたとき、獪岳も嬉しそうな顔をしたはずだ。根っからの悪人ではないはずだ。作品中で、もっとも「人間らしい」人物とも言える。つくづく「もったいない子」だ。




















