『鬼滅の刃 無限城編』ufotable、神の“原作補完”に大感謝 大ボリュームの3バウトを総括

『鬼滅の刃 無限城編』ufotableの原作補完

水柱・冨岡義勇&竈門炭治郎VS上弦の参・猗窩座

 この戦いは、『無限列車編』のアンサーとなるものだ。どうして猗窩座は、そこまで強さにこだわるのか。他の鬼が求める強さは、あくまで鬼狩りに殺されずに人間を喰うためのものである。もし鬼狩りがいない、あるいは日輪刀による頸斬りや太陽光などの弱点が克服できたなら、強くなくても構わないとも言える。

 だが猗窩座の求める強さは、混じりっ気のない純度100%の強さである。正々堂々と戦って勝つための強さだ。鬼の強さは喰った人間の数で決まる。童磨によると、特に女性は栄養価が高いので、早く強くなれる。だからこそ童磨は女性ばかりを喰い、あとから上弦になったのに猗窩座のランクを追い抜いた。だが猗窩座は、女性は喰わないし殺さない。代わりに、鍛錬によって強さを高めていったようだ。鬼が強くなる上では非効率な方法ばかり選んでいる。猗窩座以外で普段から鍛錬していそうなのは、あとは黒死牟ぐらいである。

 猗窩座があくまで鍛錬による強さにこだわった理由は、本作で明らかになる。まだ人間の少年だった頃の猗窩座=狛治は、病の父の薬代のため、たびたびスリを働いては捕まり、刑罰を受けていた。だが、そのことに悩んだ父は自死を選ぶ。自暴自棄になった狛治を叩きのめしたのが、慶蔵だった。

 慶蔵は、素手で戦う武術・素流の道場主である。素流は、空手着のような道着を身につけ、立位での拳足による打撃を主とした武術だ。月代を剃った人物が多いことから、江戸時代頃の話だと思われる。この時代の武術は、だいたい剣術とセットであり、古流柔術のように相手を組み伏せる技術体系のものが多い。組み伏せた上で、刃物でとどめを刺すことを前提としているからだ。素流のように、武器も使わず立位で動き回る相手の急所に、素手による一定以上の強度の打撃を加えるのは、想像以上に難しい。対複数であれば、1人につき1発の打撃で倒さなければ間に合わないだろう。かなり効率の悪い武術だ。

 だが慶蔵は狛治に、「俺たちは侍じゃない。刀を持たない。しかし、心に太刀を持っている」と語って聞かせる。これは、抽象的な表現だと思っていた。意地の悪い言い方をすれば、綺麗事とも。だが、心に太刀どころの話ではなかった。素流を学んだ人間の拳足は、刀以上の威力を秘めていた。

 狛治は、慶蔵の病弱な娘・恋雪を長年看病してきた。狛治の献身的な看病のおかげで、16歳となった恋雪はすっかり元気になった。18歳となった狛治は道場を継ぐこととなり、恋雪とも祝言を上げることとなった。その矢先……一方的に敵対視してくる剣術道場の策略により、慶蔵と恋雪は毒殺された。

 狛治の復讐を受けた剣術道場67名は、「素手による頭部破壊。内臓破壊。殆どの遺体は潰されて原型もなくひしゃげた上、体の一部が大きく欠損」。素手の打撃であれば普通は急所を狙うものだが、ここまで人体を破壊してしまえる強度の打撃なら、どこに当たってもまず致命傷だ。悲鳴嶼の鉄球ぐらいの威力があるのではないか。普段からこれだけの打撃を出せるなら、確かに刀はいらない。

 だがこれだけの強さを持ちながら、狛治は、「大事な人間が危機に見舞われている時、いつも傍にいない」。「俺は誰よりも強くなって、一生あなたを守ります」という約束は、「口先ばかりで何一つ成し遂げられなかった」。どれだけ強くなってもその強さで大切なものを守れないのなら、狛治にとってそれは弱者ということだ。

 鬼となり、記憶をなくしたはずの狛治=猗窩座だが、弱者であった自分自身を許せなかった気持ちだけが、残っていたのだろう。だからこそ弱者を憎み、100年以上もただただ鍛錬を繰り返してきた。記憶をなくしているはずなのに、術式展開の模様は、恋雪の名前でもあり、彼女の髪飾りでもあった雪の結晶の形をしている。技の名前は、恋雪との幸せな思い出である花火に由来している。潜在意識の奥の奥のほうに残った記憶の欠片に突き動かされ、おそらく本人も理由がわからないままに、強さにこだわり続けた。

 猗窩座の強さへの無間地獄を終わらせたのが、慶蔵によく似た炭治郎であったことが、救いでもある。炭治郎に慶蔵の面影を見たからこそ、猗窩座は笑って死んでいけた。地獄の入り口で、恋雪と再会することもできた。あれだけ病弱だった恋雪は、狛治が全力で抱きつきに行ってもしっかり受け止められるぐらいに元気になっていた。地獄の業火に何万年焼かれ続けることになるのか想像もつかないが、この恋雪なら、狛治とともに耐えていけそうだ。地獄の責め苦も永遠ではない。気が遠くなるぐらい先の未来、いつか許される日が来るはずだ。狛治と恋雪が本当に夫婦になれる日が来るはずだ。

 恋雪の「おかえりなさい、あなた」で、今まで持ちこたえていた涙腺が、やはり決壊してしまった。そんな方も多かったのではないだろうか。

 『第二章』ではあの戦いに決着がつき、そしておそらく上弦の壱の恐るべき強さも明らかになるだろう。一刻も早く観たいが、まずはufotableのみなさんに充分な休息を……。

■公開情報
『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』
全国公開中
キャスト:花江夏樹(竈門炭治郎役)、鬼頭明里(竈門禰󠄀豆子役)、下野紘(我妻善逸役)、松岡禎丞(嘴平伊之助役)、上田麗奈(栗花落カナヲ役)、岡本信彦(不死川玄弥役)、櫻井孝宏(冨岡義勇役)、小西克幸(宇髄天元役)、河西健吾(時透無一郎役)、早見沙織(胡蝶しのぶ役)、花澤香菜(甘露寺蜜璃役)、鈴村健一(伊黒小芭内役)、関智一(不死川実弥役)、杉田智和(悲鳴嶼行冥役)、石田彰(猗窩座役)
原作:吾峠呼世晴(集英社ジャンプ コミックス刊)
監督:外崎春雄
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃
脚本制作:ufotable
サブキャラクターデザイン:佐藤美幸、梶山庸子、菊池美花
プロップデザイン:小山将治
美術監督:矢中勝、樺澤侑里
美術監修:衛藤功二
撮影監督:寺尾優一
3D監督:西脇一樹
色彩設計:大前祐子
編集:神野学
音楽:梶浦由記、椎名豪
主題歌:Aimer「太陽が昇らない世界」(SACRA MUSIC / Sony Music Labels Inc.)・LiSA「残酷な夜に輝け」 (SACRA MUSIC / Sony Music Labels Inc.)
総監督:近藤光
アニメーション制作:ufotable
配給:東宝・アニプレックス
©︎吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation.
公式サイト:https://kimetsu.com/anime/mugenjyohen_movie/
公式X(旧Twitter):@kimetsu_off

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる