『べらぼう』“佐野政言”矢本悠馬の悲劇がより際立つ 張り巡らされた伏線が生んだ重厚感

『べらぼう』政言の悲劇を際立たせる伏線

 佐野家は三河以来、徳川家に仕え、代々番士を務めてきた。政言は宝暦7(1757)年に生まれ、17歳で家督を継いだ。

 政言は没後、世直し大明神と呼ばれた。高止まりだった米の相場が切腹の翌日から下落したという噂が広まったからだった(皮肉なことに、実際のところは奉行所が召し上げた米を市中に払い下げるよう献策した意知の功績なのだが)。

 犯行の動機は杳として知れない。幕府の取り調べでは乱心ということになったが、当時の評定所は乱心をもって紛争を処理するきらいがあったから鵜呑みにはできない。系図の返却に応じなかった怨恨説や田沼政治を終わらせようとした公憤説などが囁かれるが、真相は藪の中だ。

 系図説を採ったように見えるその脚本が披露した顛末はつまり、フィクションである。

 政言は10人目にしてようやく授かった嫡男だった。期待を一身に背負って当主になるも鳴かず飛ばず。すがるような思いで田沼家の門を叩いてなお、願いが叶うことはなく、彼我の差に天を仰ぐ。「なにゆえ、こうも違うのかの……」という呟きは、重い。政言を(田沼家を失脚させるという)政略に利用しようと思えば、ほんの少し、背中を押してやるだけでよかった。

 心が壊れていくさまとして、その顛末は申し分がない。いや、あまりに真に迫っていて、肌が泡立つほどだった。意知がどこまでも誠実な男として造形されていたのも辛かった。観る者はボタンの掛け違いが生んだ悲劇であることをいやというほど思い知らされる。

 腑に落ちなかったのは、系図をだしに意知と対峙した際、政言が不敵な笑みを浮かべていたことだった。その後の人物像とはどうしても相容れない。一世一代の芝居だったのならまったくもっていたたまれない。

 佐野家は改易となり、家屋敷は召し上げられた。親類縁者に累が及ばなかったのがせめてもの救いだった。これを機に政治は大きく動き、主人公の人生にも暗雲が立ち込める。佳境に入った物語はいやが上にも目が離せなくなってきた。

■放送情報
大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』
NHK総合にて、毎週日曜20:00~放送/翌週土曜13:05~再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00~放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15~放送/毎週日曜18:00~再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる