『べらぼう』“佐野政言”矢本悠馬の悲劇がより際立つ 張り巡らされた伏線が生んだ重厚感

『べらぼう』政言の悲劇を際立たせる伏線

 NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』はいくつもの伏線を張り巡らし、じっくりと回収していく。だから、重厚な手触りが残る。佐野政言(矢本悠馬)の刃傷沙汰も見ものだった。

 第27回「願わくば花の下にて春死なん」、そして次回の第28回がクライマックスとなる政言の物語は、第6回においてすでに種が蒔かれていた。

『べらぼう』矢本悠馬だから表現できた佐野政言の生々しさ 仄暗く“完璧”な第27回

なぜ、あれほど穏やかだった男が刀を抜いたのか。NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第27回「願わくば花の下にて春死なん…

 落日の旗本・佐野家の当主である政言は田沼家に引き立ててもらおうとその屋敷を訪れる。田沼家はかつて佐野家の家来筋だった。政言は佐野家の系図を意知(宮沢氷魚)に差し出し、田沼家の由緒として改ざんすることを認める代わりに良い役につけてほしいと持ちかけた。事あるごとに足軽上がりと蔑まれてきた意次(渡辺謙)であれば十分な交渉材料になると踏んだのだ。ところが意次は「由緒などいらん」と言って、系図を池に投げ捨てた。

 その物語は爾来、枝葉のようにひっそりと伸び続ける。系図をどうしたかと意知に尋ねるシーンが第17回に、意次の覚えめでたい勘定組頭・土山宗次郎(栁俊太郎)に近づくシーンが第23回に描かれた。しかしながら事態は一向好転しない……という枝葉をていねいに辿ってきた物語は第27回、一気に動く。

 意知の計らいで政言は十代将軍・徳川家治(眞島秀和)の狩りのお供を務めることに。政言は意気揚々と雉を仕留めるも、肝心の獲物が見つからない。政言をかばった意知ばかりが株を上げる結果となった。

 場面変わって、その狩りに参じていたという武士(矢野聖人)が佐野家を訪ねる。黒幕の手先となって源内(安田顕)を陥れたあの男だ。男は、意知が獲物を隠した、佐野家の系図はすでになきものにされている、政言が贈った桜が田沼の桜として人々に愛でられている、などと虚実ない交ぜにして語る。政言は疑心暗鬼に陥り、そうして意知に斬りかかる。

 政言の悲哀は、桜色に染まった。

 佐野家の桜は五代将軍・綱吉公から拝領したものだった。「(佐野家が屋敷を構えた)番町に過ぎたるものは二つあり 佐野の桜に塙検校」と、塙検校こと塙保己一は詠んだ。その木がいつまでも花をつけないことに苛立つ父・政豊(吉見一豊)の姿が執拗に描写されたが、それはうだつの上がらぬ跡取りへのあてこすりともとれる。「父上、私が……私が咲かせてご覧にいれましょう」と泣き笑いの顔で言い、犯行に及ぶのはそれからほどなくのことである。

 桜は誰袖(福原遥)の安寧と田沼家の栄華をも表していた。タイトルの「願わくば花の下にて春死なん」は意知が誰袖に贈った狂歌のもととなった西行の歌であり、2人は桜の木の下で月を愛でようと誓っていた。田沼の桜はいまを盛りと咲き乱れていた。

 なんとも残酷なコントラストである。幼き政言が父に肩を抱かれ、満開の桜を見上げる回想シーンを挟んでくる念の入りようにも舌を巻いたが、話はそれで終わらない。誰袖も田沼親子も時をおかず散る運命にある。政言が早咲きの河津桜だったとすれば、誰袖らはソメイヨシノに過ぎなかったということだ。

 桜はその暗示としても利いている。

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