ロジャー・ウォーターズ“そのもの”を浴びる極上ライブ 映画館が“バーの席”に変貌する
数々の名作を生み出した伝説的バンド、「ピンク・フロイド」を、シド・バレットらとともに初期から支え、中心メンバーとして伝説を継続させてきたロジャー・ウォーターズ。脱退後も活動を続け、2010年代以降も驚異的といえるライブツアーでの興行的成功を収めている。それは、ロジャーの創造力の健在ぶりと、何度も再評価される音楽性の力強さを示している。
そんな彼が“フェアウェル・ツアー”……つまりファンとの別れを意味するライブツアーをおこなった。その2023年5月25日チェコ・プラハO2アリーナでのパフォーマンスを収録した映画作品が公開される。それが、『ロジャー・ウォーターズ「ディス・イズ・ノット・ア・ドリル :ライヴ・フロム・プラハ− ザ・ムービー」』である。
“フェアウェル・ツアー”とはいっても、いつでもコンセプチュアルな作品やパフォーマンスを時代とともに届けてきたウォーターズが、単なるヒット曲の羅列で済ますはずはない。「ディス・イズ・ノット・ア・ドリル(これは訓練ではない)」というタイトルが付けられた本ライブでは、ピンク・フロイド時代から現在までのさまざまな振り返りがありながらも、それらに強烈なメッセージを込め直した、“重く鋭い”一つの作品となっていた。あらためてロジャー・ウォーターズの創造性と知性に、誰もが圧倒されることだろう。
会場中央のステージに設置されたのは、巨大な“十字架柱型”モニターだ。底面と天面が十字架柱型で、側面全てに映像が映し出される。そんな個性的なかつ象徴的な“巨大十字架”が吊り上がって、ロジャーらツアーメンバー全てが姿を現す。
この十字架は、ただテクノロジーを誇示するだけの舞台装置ではなかった。宗教的モチーフから放たれる映像と巨大なメッセージは、あらゆるものに疑問を投げかけ、ときに宗教の正当性をも問いながら、観客全員に不安を与えるとともに、挑発的に思索をうながしてくる。
冒頭でモニターに映し出される“お知らせ”すら凄まじい。「ピンク・フロイドが好きなだけで、ロジャー・ウォーターズの政治的主張にうんざりする人は、今すぐにバーにでも消えろ(Fuck Off)」というのだ。もちろん、これは自嘲やユーモアを含んだ表現であるが、同時に自分の発するメッセージを“音”として心地よく消費するだけでなく、真剣に理解して考えてほしいという、彼の本気がにじんでいるといえよう。
曲とともにモニターには、力強いメッセージや警告が次々に映し出され、観客の心理を揺さぶってくる。『アニマルズ』収録曲「シープ」の演奏では、無数の羊が宙を飛ぶ様子が映し出され、映画『マトリックス』シリーズのように、皮肉な社会の構造を表現する。アイゼンハワーの軍産複合体への警告や、ジョージ・オーウェルやオルダス・ハクスリーのディストピア文学への敬意のメッセージも表示される部分では、ロジャーの詩がいかに文学的であり、その才能と知性とが彼をより特別な存在にしていたことを示している。
ジョナサン・ウィルソン、デイヴ・キルミンスター、ジョン・カリンら、熟練のメンバー、そして、再結成を果たしたオアシスのツアーにドラマーとして参加しているジョーイ・ワロンカーらを従え、ベテランならではの抑制と感情の爆発を織り交ぜながら、ウォーターズは歌声を響かせ、ベースを弾き、ピアノに向かう。演奏されるのは、ウォーターズの歴史を再構築し、新たな装いとなった曲たちだ。
ピンク・フロイドのアルバム『ザ・ウォール』の収録曲「Comfortably Numb(コンフォタブリー・ナム)」は、より陰鬱で没入させるものとなり、『狂気』収録の「Us and Them(アス・アンド・ゼム)」ではサックスの演奏が印象的に響き、「Eclipse」では、あの有名なプリズムのジャケット(アルバム『狂気』)のイメージに、現代的な意味が与えられる。
「Wish You Were Here(あなたがここにいてほしい)」では、シド・バレットの顔がモニターに浮かび上がるとともに、ロジャーとシドの思い出が語られる。「愛する存在を失ったとき、こう思わずにいられない。“これは現実なんだ”」とロジャーは語る。シドが精神的な理由などからピンク・フロイドを脱退し、2006年に亡くなったことは知られているが、この思い出語りのなかでロジャーもまた、かつて精神的な重圧から辛い時期があったことを告白する。
多くのロックスターが、活動のなかでさまざまな危機に瀕するなか、ロジャーは長年にわたって音楽をファンに届けることができた。彼の場合は、自身の内面だけではなく、社会の不公正や他者の幸せを考えるなど、外側に目を向け闘うことが、彼自身を救ったのではないだろうか。そんな政治への傾倒が、このライブには強く反映している。