『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の秀逸な作品性を考察 “ブロマンス”と“因習村”の相乗効果

 水木しげるの生誕100周年記念として制作された映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』が、フジテレビ系『土曜プレミアム』枠で7月12日に本編ノーカットで地上波初放送される。

 本作は、『ゲゲゲの鬼太郎』シリーズの主人公で、幽霊族の末裔である鬼太郎の誕生へと繋がる物語であり、在りし日の鬼太郎の父と人間の水木が出会い、いわゆる“因習村”の怪奇に巻き込まれながら共に運命に立ち向かう姿を描く。鬼太郎の父を演じる関俊彦、水木を演じる木内秀信をはじめ実力派声優が集結した。第47回日本アカデミー賞では優秀アニメーション作品賞を受賞、アヌシー国際アニメーション映画祭2024にてコントルシャン部門にノミネートされるなど国内外で高い評価を得ている。

 本稿ではなぜ『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(以下、『ゲゲゲの謎』)が人々の心を掴んだのか、鬼太郎の父と水木のブロマンス、昭和や“因習村”といった舞台装置が生み出した“色香”に絡めて魅力を深掘りしていく。

 『ゲゲゲの謎』は、TVアニメ第6期のエピソードゼロに位置づけられる物語。鬼太郎が誕生するまでには壮絶な経緯があるが、そこには幽霊族の夫婦の愛と、人間である水木との深い絆があったのだ。廃墟と化した哭倉村に鬼太郎と共に足を踏み入れた目玉おやじは、閉鎖されたその村で起きた70年前の出来事を思い出していた。同時に、鬼太郎誕生の秘密が明かされることになるのだ。

 時は遡り、昭和31年。龍賀一族の当主である時貞が他界し、帝国血液銀行に勤める水木はある密命を受けて哭倉村に位置する龍賀家の本家を訪れる。昭和30年代の日常にリアリティを落とし込みながら、水木が経験した戦争の記憶と傷をシビアに描き出していく。心に影を落とす水木は、経済成長期の日本において出世のため、生き抜くためには何だってしてやるといった野心を滲ませていた。水木が向かった哭倉村には美しい自然が広がっているが、ひっそりと漂う妙な雰囲気を最初から観客に悟らせている。よそものが村に入ったことがすぐさま村の人に知られていたことにもゾクリと背筋が凍る思いだが、後に龍賀家の富の源泉である「M」の精製の秘密や、おぞましいしきたりの存在を水木は知ることになるのだ。

 一方、鬼太郎の父は生き別れとなっていた妻を探すために哭倉村へと辿り着く。鬼太郎の父とはかつての目玉おやじのことであり、本作の鬼太郎の父と鬼太郎は瓜二つ。浮世離れしたおどろおどろしさに加えて、ゆったりとした佇まいと着流しが色気を醸し出している。風呂好きで涙もろいところなど馴染み深い描写も。当初は生まれ来る我が子の存在をまだ知らず、目玉おやじが持つ“父性”のようなものはまだ弱いのかもしれないが、人間嫌いだったと言いながらも人間の子供に穏やかな優しさを見せている。

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