『かくかくしかじか』は“美談”映画ではない 大泉洋が受け止めた東村アキコの思いと後悔

 本作で日高先生は何度も “描け”と言う。声を張り上げて言うときもあれば、挨拶ぐらいのテンションで言うときもある。そのほとんどが明子に対してのものなのだが、1つだけ、別の人物に対してのものがある。それは、日高先生の絵画教室のメンバーで、明子の後輩でもあるヤンキー・今ちゃん(鈴木仁)への“描け”だ。

 作中で日高先生は亡くなる1週間前に、今ちゃんと友人の個展へと足を運ぶ。と言っても、自分では歩くことができないほど容態は悪い。顔色も悪く、これまでの日高先生とは様子がまったく違う。そんな日高先生の前で今ちゃんはライブペイントをするのだが、スランプ中で何を描けばいいか分からずキャンバスの前で立ちすくんでしまう。そんな今ちゃんに日高先生が声を振り絞りながら“描け”と言う。日高先生が亡くなった後にこのエピソードを聞かされた明子は、手で顔を覆いながら涙してしまう。

 日高先生に死期が迫っていることを見てとれたのも、明子以外もエピソードを掘り下げたのもこの部分のみ。決して長いシーンではないのだが、一番印象に残ったのはここだった。

 冒頭で「先生との思い出や感謝みたいな気持ちには共感できない」と書いたのは、本作がそういう“美談”な仕上がりだと思っていたから。しかし、いざ蓋を開けてみると、美談などではなく、先生との果たせなかった約束や思い、後悔を描いたシーンがとても丁寧に表現されていた。原作者である東村が脚本を担当していることはもちろんだが、大泉と主演を務めた永野がその思いをしっかり汲んで演じた功績も大きいだろう。

 もし筆者のように本作を観ることに躊躇する理由はある人がいるとしたら、まずは観てほしい。いろいろ言うのは、それからでも遅くはない気がする。

参照
https://realsound.jp/movie/2024/12/post-1874679.html

■公開情報
『かくかくしかじか』
全国公開中
出演:永野芽郁、大泉洋、見上愛、畑芽育、鈴木仁、神尾楓珠、津田健次郎、有田哲平、MEGUMI、大森南朋
原作:東村アキコ『かくかくしかじか』(集英社マーガレットコミックス刊)
監督:関和亮
脚本:東村アキコ、伊達さん
主題歌:MISAMO「Message」(ワーナーミュージック・ジャパン)
音楽:宗形勇輝
配給:ワーナー・ブラザース映画
©東村アキコ/集英社 ©︎2025 映画「かくかくしかじか」製作委員会
公式サイト:kakushika-movie.jp
公式X(旧Twitter):@kakushika_movie
公式Instagram:@kakushika_movie

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