吉沢亮はまぎれもなく“怪物” 『国宝』は“役者の快感”を体感できる唯一無二の一作に
また、映画『国宝』が素晴らしいのは、舞台の上から役者越しに客席と劇場空間全体を映す「役者の目線」が描かれていることだ。この舞台上からのキャメラアングルを自由に実現するために、あえて歌舞伎界の「全面協力」を避けたのか、とさえ勘繰りたくなる(原作協力に続き、映画版でも監修をつとめた四代目中村鴈治郎の懐の大きさにも敬服する)。
緻密かつ圧巻のパフォーマンスで満場の観衆を沸かせる役者の快感を、たとえ一端であるにせよ、本作は説得力たっぷりに伝えてくれる。もしかしたら、その快楽は門外不出の役者の特権かもしれない。だが、「推し」との距離感が人気を左右する昨今、「何が楽しくてやっているのか?」という心理と生理を受け手である観客側が少しでも知ることは、非常に重要なことではないだろうか。特に、伝統芸能の魅力を若い世代に広めていくには極めて有効に思える。この楽しさを味わってしまったら確かにやめられないだろうな……と思わせる麻薬的快感、引き換えに「人としての何かを捨ててもかまわない」と思い至らせてしまうかもしれない悪魔的思考の可能性も、本作は見事に捉えている。
チュニジア出身の撮影監督ソフィアン・エル・ファニが捉えた「神と悪魔の遊び場」のような劇場空間、美術監督・種田陽平が作り上げた「舞台を降りればただの人」である役者たちの日常と非日常のコントラストも出色だ。そして、望みどおりの画が撮れるまではキャメラを回さないと言うかのような、李相日監督のこだわりと粘り強さが、映像にも、役者の演技にも充ち満ちている。まさしくスクリーンで堪能するにふさわしい、贅沢な映画体験だ。
最後に特筆しておきたいのが、ベテラン女形役者・小野川万菊を演じる田中泯の“怪物的名演”である。歌舞伎の様式を極めることに全人生を懸けたような彼の役柄は、ストリートでも劇場空間でも、湧きあがる肉体言語を自由に表現する舞踊家・田中泯のスタイルとは正反対と言ってもいい。だが、表現者として対極を知る者ゆえの共感か、あるいは観察眼の賜物か。狂気すら滲ませる「芸の鬼」ぶりは、並み居る豪華キャストのなかでも、ひときわ強烈なインパクトを放つ。役者という“ある型破りな生きざま”の業と未来を体現する、絶品の芝居である。
■公開情報
『国宝』
全国公開中
出演:吉沢亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、森七菜、三浦貴大、見上愛、黒川想矢、越山敬達、永瀬正敏、嶋田久作 宮澤エマ、田中泯、渡辺謙
監督:李相日
脚本:奥寺佐渡子
原作:『国宝』吉田修一著(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
製作幹事:アニプレックス 、MYRIAGON STUDIO
制作プロダクション:クレデウス
配給:東宝
©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会
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