『エンジェルフライト』は“今を生きる”ことを教えてくれる 古沢良太の秀逸な“死”の描き方

「間もなくその人が体に戻ってきたと思える時が訪れる。その場にいる全員がその時を待っていた。彼らは作業に集中し、何も言わない。だが、一心不乱の後ろ姿が<おかえりなさい>と言っている。やがて遺体の表情に『生気』が戻る」
(『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』佐々涼子著、集英社文庫、p.15)

 NHK土曜ドラマとして放送中の『エンジェルフライト』は、まさにその、原作の言葉そのままのことを、作品全体を通して形にしようとしているかのようなドラマだ。

 「“死を扱う”ってことは、“生を扱う”ってこと」だと主人公・井沢那美(米倉涼子)は第1話で言う。それは、「遺された人たちは前を向いて生きていかなきゃならない」から「そのためにせめて最後のお別れをさせてあげて、とことん悲しんでもらう」ことが彼女たちの仕事だという、その後の彼女の説明通りの意味でもあるが、それと同時に、その人の「死」と向き合うことを通してその人の「生」を見つめるという意味も込められているように思う。

 視聴者は各話を通して、最初に呈示される「ご遺体」の人生を知ることになる。亡くなった理由を、彼ら彼女らがそれまでどう生きてきたかを知る。フィリピン・マニラのスラム街で亡くなった若者・杉原陽平(葉山奨之)の、両親(杉本哲太、麻生祐未)すら誤解していた本当の姿が、全体を通して浮かび上がる第1話のように。

 那美率いる国際霊柩送還士の手によって美しく修復された遺体を遺族が見て、生前のその人のことを思い、涙せずにはいられないのは、まさに冒頭に引用した記述のように、表情に「生気」が宿っているからだ。そしてその「生気」は、施された化粧によるものでもあるが、それまでの展開を通して視聴者が知ったその人の人生のドラマが、その人自身を彩っているからに他ならない。本作はそんな、死を通して生を見つめるドラマである。

  世界配信され話題となった『エンジェルフライト』が、BS放送を経て、土曜ドラマとして放送されている。2024年に早逝された佐々涼子さんによる、第10回開高健ノンフィクション賞受賞作『エンジェルフライト 国際霊柩送還士』(集英社文庫)を原作に、古沢良太、香坂隆史が脚本を手掛けた。原作は、日本ではあまり知られていない「国際霊柩送還(海外で亡くなった日本人の遺体や遺骨を日本に搬送し、日本で亡くなった外国人の遺体や遺骨を祖国へ送り届けること)」の仕事を担う日本初の専門会社で働く人々への綿密な取材に基づいたノンフィクションだ。国際霊柩送還の現場の過酷さと、想像し難い遺族の悲しみ、そしてその無数の悲しみと日々向き合いながら生きている人々の思いと日常の先で、本来普遍的な事象であるはずの「死」とどう向き合うかと問われたような気がした。それをいかにドラマという「物語」として構築したか。

 まず、本作の最大の魅力は、原作がノンフィクションゆえの圧倒的なリアリティを根底に置いていることだ。例えば、第2話で那美が遺族の前で泣きだしてしまう凛子(松本穂香)に「ご遺族より先に泣く人間を信頼できる?」と投げかける場面がより真実味を帯びるのは、原作にある「遺族より先に泣き出す葬儀屋に仕事を頼めますか?」という長年の経験に裏打ちされた言葉が根拠になっているからだろう。そのように、しっかり事実に基づいて築き上げられた土台の上で、自由に闊歩し、丁々発止のやり取りを繰り広げる個性豊かな登場人物たち。

 複数の登場人物にモデルは存在するものの、あくまでドラマオリジナルのキャラクターである。米倉涼子は、頼りがいのあるリーダーであると同時に、泣いたり笑ったり怒ったりコロコロと表情が変わる姿が何とも魅力的な社長・井沢那美を見事に演じている。片や松本穂香演じる新入社員・高木凛子というキャラクターの、まだどこか染まり切れていないからこその第三者的視点は、国際霊柩送還の仕事そのものを真っ直ぐに見つめ、捉えようとする。そのため彼女は、視聴者に最も近い存在とも、「語り手」の代わりとも言うべき重要な役割を担っていると言える。

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