『TO BE HERO X』『この恋で鼻血を止めて』 日中アニメ、MCUの“ヒーロー”の描き方を分析
「タイパ」時代のヒロイン
『TO BE HERO X』ほどではないが、銀河ヒーロー事務所に所属してヒーロー活動を行う宇宙人が主人公の一人である『この恋で鼻血を止めて』も、広義のヒーローものと呼べるだろう。こちらは、ヒーローのヤーセンよりもヒロイン(実質的に正主人公)のモカの設定が興味深い。
彼女は、刺激のない毎日に退屈を感じて暮らしていたが、ヤーセンが捕獲していた「心原虫」という寄生虫が体内に入り込んでしまったことにより、「退屈を感じると死んでしまう」特異体質になってしまう。この設定も、『TO BE HERO X』同様、いかにも21世紀の認知資本主義社会に生きる現代人を反映している。
かつてアメリカの文化史家ジョナサン・クレーリーも『24/7――眠らない社会』(原書2013年)で先駆的に問題にしたように、フレックスタイム制度からサブスクまで、過剰流動化した後期資本主義社会に生きる人間は絶えず「コスパ」「タイパ」を意識せざるを得なくなり、可処分時間をつねに意味のあることで埋め尽くすようになる(インスタ映え!)。その意味で、モカの陥る危機は、この意味で現代の私たちの病理そのものだ。以上のように、いわば「一帯一路」構想下の、グローバル化する中国のアニメが、日本を含む世界のアニメや映画とも通じる表現やモティーフを描いていることがわかるだろう。
コメディ表現の多様性
さて、そのような両作を比較したとき、日本のアニメ・マンガとの近さがより感じられるのは、『この恋で鼻血を止めても』のほうだろう。他の中国アニメと同じく、細かな背景描写に関してはやはり多少の違和感を覚えるものの(そもそも文字も中国語だし)、日本のラブコメアニメのセンスを器用に移植して作られていることがわかる。
特に目を引くのが、コメディ表現だ。「笑い」の要素は、国による文化的特質が如実に露わになる。そもそも『TO BE HERO X』はコメディの要素は相対的に控えめで、特にどこの国とも言えないマイルドな表現がなされている。対して、『この恋で鼻血を止めても』は、キャラクターのデフォルメをはじめとして、私たちに馴染み深い、きわめて日本的な表現が随所に取り入れられている(ただし、ラブコメアニメでもよくあるような、1990年代に佐藤順一が導入したとされる漫符を用いた表現はほとんど見られない)。もちろん、これには日本語吹替を担当した声優たちの貢献も大きいだろう。ついでに『ナタ2』のコメディ描写は――主にコメディリリーフの太乙真人のキャラクター描写だが――、筆者の主観では、ディズニー/ピクサー的なノリと日本のマンガ・アニメ的なノリが半々くらいの感じだった。
もちろん、現代の国内アニメに比較すると相対的に見劣りのしてしまう作画クオリティとも相俟って、やや滑っている部分が目につくことも否めない。ただ、BLをはじめとして、これら中国製のエンタメコンテンツが、日本で日増しに存在感を強めていることは確かだろう。
中国アニメと日本
これまでも多くの論者が指摘してきたように、そもそも日本のアニメの歴史には、中国の影が幾度も色濃く落ちている。
現代の中国アニメ躍進のきっかけとなった『西遊記 ヒーロー・イズ・バック』の題材は『西遊記』だった。それは奇しくも、アジア最初の長編アニメーション映画であり、いまだ長編制作をなしえていなかった戦時下の日本のアニメ界にも大きな衝撃を与え、あの中学時代の手塚治虫にも影響を与えたことで知られる『西遊記 鉄扇公主の巻』(1941年)と同じだった。また、日本最初のカラー長編アニメーション映画であり、こちらは高校時代の宮﨑駿にアニメーションの道を志すきっかけを与えた東映動画(現在の東映アニメーション)の長編第1作『白蛇伝』(1958年)も、中国の民間説話が題材である。5月月22日に刊行予定の筆者の新著『ジブリの戦後』(中央公論新社)の中でも詳しく論じたように、2025年、設立から40周年を迎えるスタジオジブリをはじめとする戦後日本アニメは、その歴史的な想像力の重要なルーツの一端を、満洲をはじめとする中国に持っているのだ。
躍進著しい現在の中国アニメを観る際に、ぜひそうしたアニメをめぐる中国と日本の知られざる歴史にも思いを馳せてみてはどうだろうか。
■放送情報
TVアニメ『TO BE HERO X』
フジテレビにて、毎週日曜9:30〜放送
Netflix、Prime Videoにて、毎週月曜12:00〜最速配信
各配信プラットフォームにて、毎週水曜12:00〜配信
キャスト:宮野真守(X役)、花澤香菜(クイーン役)、内山昂輝(梁龍役)、中村悠一(黙殺役)、松岡禎丞(リトルジョニー役)、佐倉綾音(ロリ役)、水瀬いのり(ラッキーシアン役)、山寺宏一(トラ役)、島﨑信長(魂電役)、花江夏樹(ナイス役)
原作・監督:Haolin(リ・ハオリン)
メインテーマ:澤野弘之
音楽:澤野弘之、KOHTA YAMAMOTO、ケンモチヒデフミ、DAIKI(AWSM.)、睦月周平、深澤秀行、馬瀬みさき、髙田龍一(MONACA)
アニメーション制作: BeDream
アニメーション製作: bilibili & BeDream, Aniplex
OP主題歌:SawanoHiroyuki[nZk]:Rei「INERTIA」
ED主題歌:SennaRin「KONTINUUM」
©bilibili/BeDream, Aniplex
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