『対岸の家事』は自己責任論に疑問を投げかける　令和を生きる人に響いてほしい言葉の数々

　礼子の他にも、詩織をとりまく様々な立場にある人たちとの「ゆるやかな共生」が提示されている。詩織は、厚労省に勤めるエリート官僚で育休中の中谷（ディーン・フジオカ）と公園で知り合い、「パパ友・ママ友」の関係になる。彼は、失敗が許されない、「社会の役に立つこと」以外の選択肢はあり得ないという、実母から受けた教育がトラウマになっている。そんな中谷に詩穂は、母親だからといって許さなくてもいいと言う。子育ての苦労を分かちあい、協力して、「一緒に乗り越えられたらいい」と言う。

　苺のかかりつけ医の妻・晶子（田辺桃子）は、義母やかかりつけの患者たちから子作りのプレッシャーをかけられ悩んでいた。詩穂は晶子に「逃げてもいい」と言葉をかけ、自分をいちばん大切にするようにと背中を押す。晶子は、病院の待合室のマガジンラックに並んでいたゴシップ誌を全て捨てて、なんでもいいから自分のための趣味を持つこと、他者を干渉するのではなく他者と対話することを、馴染みの患者たちに呼びかけた。

　また、礼子の同僚・今井（松本怜）のエピソードを通じて、独身者の悩みにもスポットを当てていることにも感心させられた。こうしたジャンルのドラマの場合、子育てや家庭に携わる人だけにスポットが当たって、それ以外の立場にある視聴者は疎外感を味わうことが往々にしてある。しかし、このドラマはあらゆる立場の人の思いを掬い上げようとしている。詩穂が苺に読み聞かせをする絵本『雨のゆくえ』に出てくる「海の上に降る雨」に象徴される、どんな小さな声でも「なかったことにしない」ことの大切さを描いている。

　礼子の「子ども事由」による早退や欠勤の肩代わりをしてきた今井が、1週間の有給を取った。一緒に暮らすチワワ「ココア」がガンに侵されて、その看病のためだった。動物病院でココアの余命が1カ月であると宣告されて涙にくれる今井に礼子は、これまで仕事を肩代わりしてくれたことへの感謝を改めて述べる。そして「今度は私が肩を貸す番」と言い、「ペットのためにも有給を取ることができる就業規則の改定案」を会社に提案しようと呼びかける。今井は礼子に感謝しつつも、ココアはペットではなくて「家族」なのだと言う。言い方ひとつかもしれないが、「言い方は大事」だと礼子は詫びる。これは、犬や猫と暮らす全ての人の気持ちを代弁してくれている。このエピソードでも、他者を「知ることの大切さ」を描いている。

　第5話までは、専業主婦である詩穂が周囲の悩める人たちに肩を貸したり、背中を押すエピソードが中心で、一見、詩穂が与えてばかりの人であるようにも思える。しかし彼女が誰かのために行動したり、何かを言ったりするたびに、詩穂自身も大切な気づきを得ている。相手にかけた言葉は、実は詩穂自身にも語りかけているのだ。きっとこの気づきは今後、彼女自身が抱える父・純也（緒形直人）との不和にも何かしら作用していきそうだ。

　5月6日に放送される第6話からは、新たに大きな展開が待っているようだ。第5話は、どうやら詩穂に恨みを抱くシングルマザーのはるか（織田梨沙）が、「あなたのような専業主婦はお荷物です」という脅迫状を送りつけたところで終わった。息子の篤正（寿昌磨）のいたずらにより、脅迫状を詩穂が手に取るより先に見てしまった礼子。きっと、物語の折り返しからは、礼子をはじめ周囲の人たちが詩穂のピンチに手を差し伸べていくのだろう。

　互助・共助の世の中。それは理想論だとか、机上の空論だと言われるのかもしれないけれど、このドラマは「でも、やるんだよ」を実践している。本作のタイトル『対岸の家事』の横には「これが、私の生きる道！」とのサブタイトルがついている。自らの選択の結果だからといって、他者に頼ってはいけないのだろうか。これは、この国で囁かれて久しい自己責任論に疑問を投げかけるドラマだ。

■放送情報
火曜ドラマ『対岸の家事～これが、私の生きる道！～』
TBS系にて、毎週火曜22:00〜22:57放送
出演：多部未華子、江口のりこ、ディーン・フジオカ、一ノ瀬ワタル、島袋寛子、田辺桃子、松本怜生、川西賢志郎、永井花奈、寿昌磨、吉玉帆花、五十嵐美桜、中井友望、萩原護、西野凪沙
原作：朱野帰子『対岸の家事』（講談社文庫）
脚本：青塚美穂、大塚祐希、開真理
プロデューサー：倉貫健二郎、阿部愛沙美
演出：竹村謙太郎、坂上卓哉、林雅貴
編成：吉藤芽衣
製作：TBSスパークル、TBS
©TBS
©朱野帰子／講談社
公式サイト：https://www.tbs.co.jp/taigannokaji_tbs/
公式X（旧Twitter）：@taigan_tbs
公式 Instagram：taigan_tbs
公式TikTok：@taigan_tbs