岸井ゆきのの“語らない”芝居の魅力 『恋は闇』で恋愛に振り回される役をどう演じる?
物語の世界を生きる登場人物を演じる役者にとって、セリフはなくてはならないもの。しかし、ときにセリフがないカットでも、不意に映る表情や仕草で役柄の心の内を表現しなければならない瞬間がある。
俳優・岸井ゆきのが見せる“語らない芝居”は、言葉がなくともキャラクターが抱えている心情を伝えられる力があった。画面の向こう側にいる視聴者との距離を一瞬で縮めて、気づかぬ間に心をざわつかせてしまうほどの力を。
そんな岸井の芝居の真価が発揮されたのが2022年。ドラマ『恋せぬふたり』(NHK総合)で高橋一生とともに主演を務めたあと、映画『やがて海へと届く』(2022年)では、5年前に突如として親友を失った女性・真奈を演じた。彩瀬まるの同名小説を実写映画化した本作は、震災によって行方不明となったすみれ(浜辺美波)の不在を受け止めることができず、依然として心の空白を埋められないで日々を過ごす真奈が、緩やかに再生していく様子が描かれる。
岸井ゆきの×浜辺美波、再共演で変化した関係性 『やがて海へと届く』での経験を語る
彩瀬まるの同名小説を『四月の永い夢』『わたしは光をにぎっている』の中川龍太郎監督が映画化した『やがて海へと届く』は、突然消息を絶…映像に映る彼女は喪失のさなかにいた。感情が一枚ずつ剥がされていくような、何か大事なものが失われていくような、そんな心に大きな穴を穿つ“喪失感”を岸井は言葉にすることなく表情や佇まいで訴えかける。すみれの引っ越しを手伝う場面では、表情の映らないカットに響く「うん」の相槌だけで、整理のつかない複雑な感情を表現してみせた。
さらに同年の12月、多くの脚光を浴びることになる映画『ケイコ 目を澄ませて』(2022年)が公開される。聴覚障害を抱えながらも、実際にプロボクサーとしてリングにあがった小笠原恵子の自伝本『負けないで!』を原案にした作品で、主人公となるケイコを演じたのが岸井だった。
岸井ゆきの×三宅唱が『ケイコ 目を澄ませて』に込めたものとは? “まなざし”の表現力
「完成した映画へのご感想を教えてください」――そんなシンプルな質問に対して、主演の岸井ゆきのは、ある種の「熱量」をもって、こんな…作品を通して彼女のセリフはほとんどない。舞台設定がコロナ禍であるため、マスクを着用しているカットもたびたび挟まれ、口元がはっきりと映らない描写も多い。弟とは手話でコミュニケーションをとるが、彼女が通うボクシングジムでは瞳の動きや表情のみで感情のやりとりをする。それでも、岸井の“語らない芝居”からは、ケイコの葛藤や焦燥感、そして静かに研ぎ澄まされた覚悟が伝わってくるのだ。彼女の一挙手一投足に込められた熱量は、16mmフィルムで撮られた映像からほとばしって溢れ出てくるようだった。
そんな岸井は、4月16日から放送が開始されるドラマ『恋は闇』(日本テレビ系)で、志尊淳とのダブル主演を務める。彼女が演じるのは、情報番組のディレクターとして取材現場を奔走するなかで、週刊誌のフリーライターである設楽浩暉(志尊淳)と恋に落ちてしまう女性・筒井万琴。