物議を醸した『ホランド』の謎に迫る 再評価されるべきニコール・キッドマンの演技力
では、本作において何が重要なのか。それはホランドという町で、夫に精神的に支配されていたナンシーや、ラテン系として疎外感をおぼえていたデイヴという人物が、一連の危機を乗り越えた先に、過去を振り返る平穏を得たという点なのだろう。
示唆的なのは、夫フレッドがナンシーとの関係にヒビが入ったタイミングで、毎回「リセットボタンを押そう」と提案してくる場面だ。冒頭のナンシーの語りでも、夫の提案でホランドに移住したことが明らかになるように、おそらくフレッドは、ナンシーを精神的にコントロールし、彼の都合の良い役割に当てはめるために、ホランド移住を計画したのだろう。フレッドが眼科医である要素も、彼が“見せたい世界を見せている”という構図を強化する。
その関係を最もよく象徴しているのが、フレッドの製作しているジオラマだ。彼は息子のハリーに、ジオラマの箱庭世界に人形を配置する面白さを、このように解説している。「一番いいところは、会ったことのない人の物語を作り上げ、人生全体を“監督”できるところだ。まるで映画を監督しているようだが、自分で全てをコントロールできるところが素晴らしい」。
人々をコントロールし、自分の欲望を満たすだけでなく、妻や子どもをも、自分の世界を構成する駒として見ている夫の、ホランドという町に象徴されるジオラマ的な世界を、クライマックスの反撃によって打ち壊すことこそが、この映画のカタルシスであり、描きたい主題ということなのだ。ナンシーには妄想傾向があったのは確かだが、それを包括するかたちで夫の妄想世界が存在していたことになるのだ。ナンシーとデイヴとの関係に妄想が含まれていたのだとすれば、ある意味で彼女は、自分の妄想を逆手にとって、フレッドの世界を突き破ったことになる。
そして作中では、デイヴが悪夢や幻覚を見たり、生徒の複雑な状況を考慮に入れずに児童保護サービスに連絡した行動が示しているように、彼もまたナンシーに近い部分があることが示唆されている。おそらく、ナンシーが夫の意志により、ホランドでの生活を幸せだと思い込んでいたように、デイヴもナンシーとの出会いによって、妄想的な世界のなかにいたということなのだろう。
しかし、チューリップタイム祭りのダンスシーンが、一部不気味に映し出される場面では、オランダ文化をアメリカで再現するというホランドという町全体、そこに住む人々にも、夢想的な性質が備わっているのではないかという点が示唆される。
もちろん、ホランドという町は実在し、そこに住んでいる人々の多くは土地や文化に誇りを持っているということを考えなければならないし、本作の作り手たちも、そこには意識を払っていることが伝わってくる。だが一方で、そもそもこのミシガン湖周辺は、アメリカ先住民の複数の部族が生活していた土地であり、白人移住者によって奪われた歴史があることも理解する必要があるだろう。そんな土地でヨーロッパの文化を強調することには、一種のグロテスクさを感じるのも、筆者の正直な思いだ。
そう考えれば、ジオラマや映画によって表現されるホランドという町が、惨劇を含んだかたちで成り立っていたというのも納得できる部分ではある。そして、デイヴがラテン系であることから一部住民に排斥される描写もまた、この“幸せな町”や、ひいてはアメリカという国が持つ幻想の裏にある排他性を表現しているといえるのである。
このように解釈を進めていくことで、本作の枠組みや意図は明らかになってくるし、そこには挑戦的で重要なテーマを扱う意思があることが伝わってくる。しかし、その試みは、現時点では批評家筋にもあまり伝わっていないようだ。そして、そこには無理からぬ部分もある。なぜなら、一部で「サスペンスの帝王」ことヒッチコックの映画を彷彿とさせるスタイルをとる本作の、スリラー、サスペンス部分の見応えが、やや薄いからである。試み自体には前衛的な部分があるものの、そこに観客を到達させるには、より作品自体の魅力が必要だったのかもしれない。
とはいえ本作の試みには、われわれの心を動揺させる点があることは確かだろう。程度の問題こそあれ、誰しもが人や物、コミュニティや国家などに愛情を感じ、それに対して少なからず願望や思い込みを投影しているのではないか。それはときに心の拠りどころや救いになることがある。だがその反面、何かを排斥したり、自分の意志がコントロールされる原因になってしまう場合があるかもしれない。そういったカルト的な構図は、社会の至るところに存在する。
本作『ホランド』で描かれる、ナンシーの精神的な戦いや、脱出と反抗のカタルシスは、そのような、人をコントロールし絡め取ろうとする人々がひしめいているといえる現代の社会において、自分の考えで生き抜く力を与えてくれる部分があるのだ。そして、どこからどこまでか妄想であるかも分からない曖昧さを持ちながら、同時にパワフルでもあるナンシーという複雑な役柄を、魅力的に体現したニコール・キッドマンの演技力もまた、あらためて評価されるべきだろう。
参考
※ https://www.usatoday.com/story/entertainment/movies/2025/03/28/holland-ending-explained-nicole-kidman-movie/82489297007/
■配信情報
『ホランド』
Prime Videoにて配信中
出演:ニコール・キッドマン、マシュー・マクファディン、ガエル・ガルシア・ベルナル、ジュード・ヒル
監督:ミミ・ケイブ
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