『地震のあとで』は視聴者をどこに連れていく? 村上春樹の世界を具現化した“喪失”の先

 休暇をとった小村は、会社の後輩の佐々木(泉澤祐希)から旅費を持つことと引き換えに、ある荷物を届けてほしいと言われ、北海道の釧路へと向かう。そこで佐々木の妹のケイコ(北香耶)とその友人のシマオ(唐田えりか)という女性と出会う。

 白い服に身を包んだ二人の女性は不思議な喋り方をする。その姿は村上春樹の小説からそのまま抜け出してきたような存在に見える。喋り方は生身の人間の口調というよりは、小説の台詞をそのまま読んでいるような感じで、一つ一つのリアクションもどこか変で、まるで幽霊が喋っているかのようだ。

 彼女たちとの会話は、妻がいなくなったことで現実感を失っている小村の心象風景をそのまま可視化しているようにも見える。シマオが車内で言う「どこまで言っても自分からは逃げられないんじゃないかなぁ。影とおんなじ」と言う台詞は示唆的で、釧路に降り立った小村は異界に迷いこんでしまったのかもしれない。

 その後、小村はケイコの知り合いが経営しているラブホテルで一泊することになるのだが、なぜかシマオもホテルに残る。二人は震災のニュース映像をテレビで観ながら、いなくなった未名のことを話している内に、一夜を共にしようとする。こう書くとメロドラマ的な展開だが、その後、物語はなんとも言えない観念的な世界へと向かっていく。

 小村が運んできた箱はいつの間にかケイコが持ち去っており、中に何が入っていたのかはわからなかった。シマオは、箱の中には小村の中身が入っていて、そうと知らずにケイコに渡してしまった。だから小村の中身は戻ってこないと言う。そう言ったシマオが得体の知れない怪物のように見えて、小村は怯える。

 「随分、遠くへ来た気がしてきたよ」と最後に小村は言うのだが、おそらくこれは多くの視聴者が感じていることだろう。

 テレビドラマを見慣れている人ほど困惑する展開だが、小村と共に我々視聴者も、あの地震をきっかけに異界に迷い込んでしまったのかもしれない。

 困惑する小村に対し、「実感が少しはわいてきた?」「でもまだ、始まったばかりだから」とシマオが返答して第1話は終り、次回に続く。異界の入り口に私たちを引き込んだ『地震のあとで』が、どこへ連れて行こうとしているのか、恐ろしくもあり楽しみでもある。

■放送情報
土曜ドラマ『地震のあとで』
NHK総合にて、毎週土曜22:00~22:45〈全4話〉
出演:岡田将生、鳴海唯、渡辺大知、佐藤浩市、橋本愛、唐田えりか、北香那、吹越満、泉澤祐希、黒崎煌代、渋川清彦、黒川想矢、木竜麻生、津田寛治ほか
制作統括:訓覇圭、樋口俊一、京田光広
原作:村上春樹 『神の子どもたちはみな踊る』より
脚本:大江崇允
音楽:大友良英
演出:井上剛
写真提供=NHK

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