リリー・フランキーの“普通”の語りが『おむすび』の象徴に 視聴者の写し鏡だった結の人生

 NHK連続テレビ小説『おむすび』完結。第25週「おむすび、みんなを結ぶ」は令和7年(現在)までときが進んだ。30年前、未曾有の阪神・淡路大震災を体験した米田家の人々は、いろいろなものを失って、神戸から糸島に引っ越し、再び、神戸に戻って来てささやかな生活を続けてきた。

 平成から令和に元号が変わり、主人公・結(橋本環奈)は管理栄養士として組織のリーダー的存在となり、姉の歩(仲里依紗)はギャルファッションブランドのCEOになり、静かに関西(神戸や大阪)に根を張っている。愛子(麻生久美子)はイチゴ栽培に目覚め、糸島へ移住、佳代(宮崎美子)と共に農業に励む。聖人は翔也(佐野勇斗)にヘアサロンヨネダを任せ、自身は糸島で2号店を開店。高齢者には移動理容サービスをしている。

 大団円ながら、平成から令和への移り変わりとともに結以外はそれぞれに人生激変した。とりわけ歩。彼女が阪神・淡路大震災で亡くなった真紀(大島美優)似の少女・詩(大島二役)の未成年後見人になったことは大きなライフチェンジであろう。仕事に生き、未婚で子育て経験のなかった歩が、まわりまわって親友に似た少女を育てることになろうとは。「日にち薬」という言葉があるが、歩にとって真紀との別れは、日にち薬を持ってしても癒やしようがなかったのだと思う。それが、身寄りのない子どもに手を差し伸べることで、ようやく彼女のなかで何かが動きだしたのだ。

 他人と家族になることについて、難しいのではないかという懸念もある。だが、結婚して他人が家族になるのとなんら変わりがないとあっけらかんと捉えるのは翔也だ。言われてみればそうかもしれない。結は、詩をみんなで育てようと歩に提案し、負担を軽くしようとする。

 詩を家族に迎えることにして、みんなで夕食を囲む。ここで結は、みんなで食べたことが「忘れられない思い出になる」と詩に語りかける。これまで、悲しいことは美味しいものを食べれば少しは忘れることができると思ってやってきた結だった。それが詩に、美味しいものを食べても悲しいことを忘れられないと否定されて、現実に立ち返ったことがあった。生きるための方便であったのだけれど、それすら受け入れられないほど打ちひしがれている人も世の中にはいる。だとしたら、どうするかーー。

 忘れられないいい思い出を作ろう。結がたどりついたのは、忘れられない悲しみがあっても、みんなで食事を食べる楽しい体験を積み重ねる希望だった。そこに行き着く前の第124話で、結は「食べることは生きることだけでなく、そのかたの家族や未来にもつながっているということです」と語っている。過去の悲しみを忘れることはできないし、記憶していく必要もあるだろう。でも不可逆な時間のなかで生きていく以上、せめて楽しい思い出を増やしていくことが建設的だ。そして、結は、あの震災の夜、避難所におむすびを差し入れに来てくれた雅美(安藤千代子)に毎年、1月17日に会って、おむすびを一緒に食べることを続けていた。あの日のおむすびは冷たかったけれど、真冬の1月、復興した神戸の街を眺めながら、ふたりで外で食べるおむすびはほんのりあたたかい。

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