Netflix映画『啓示』が描く現実社会の問題と人間の心理 ヨン・サンホ監督の集大成的作品に
サンホ監督は、本作の製作中にエグゼクティブ・プロデューサーを務めている、映画監督のアルフォンソ・キュアロンと話し合ったときに、本作が描こうとする要素が普遍的だということに気づかされたのだという。本作は、これまでのサンホ監督の作品からすればスケールが小さく、地味な印象があるが、この韓国の片隅で起こる心理スリラーを通して、人間の心理を探っていくアプローチは、その規模が小さく繊細になったからこそ、むしろ世界中の人々が直面する心理状態を映し出す、よりグローバルな感覚へと行き着くことになったといえるのではないか。
現在、大きな社会問題となっているのが、「ポスト・トゥルース」と呼ばれる状況だ。これは客観的な事実よりも個人の感情が重視されることで、真実が曖昧になってしまうことを意味している。技術の進歩によるSNSの普及などの環境もあいまって、事実を軽視したデマや陰謀論が広がり、社会の分断や混乱を招く大きな要因となっている。こういった状況は近年始まったというよりは、ナショナリズムの高揚やカルト宗教への熱狂など、これまでの時代に社会にダメージを与えてきた現象の新たな局面といえるものだ。
本作は、そのような経緯で陰謀論に傾倒する人々の心理を解き明かしている部分がある。ミンチャンが岩肌や雲から、ありもしないメッセージを受け取り、荒唐無稽なストーリーを作り出してしまうのは、自分がもっと評価されるべきだという隠された願望や、罪を覆い隠す工作を、現実をねじ曲げることで正当化できたからだと考えられる。これと同様に、「ポスト・トゥルース」もまた、感情や思い込み、願望などにうったえかけることで、人々にデマを信じさせる下地を作っているといえる。
ヨニは自分の感情が生んだ幻影の要請に反する決断をすることで、ミンチャンとは違った運命をたどることとなる。これは、個人がものごとを判断する際に、感情ばかりに流されるのでなく、自分に不利にはたらくような条件をも認めながら、社会の一員として理性的に考えて責任を負う部分も必要であり、そういった個々の思慮が、最終的に自分や他者を救うことに繋がるという考えを示唆しているといえよう。
壁に浮き上がった、顔のように見えるシミを、ミンチャンが必死に消そうとしながらも、なかなか顔が消えてくれないというラストシーンは、自分の身勝手さを認めることができず、自分の外に責任を求めてしまう、人間の心の弱さを象徴しているといえるだろう。世界に不必要な暴力や排除、悲劇が生まれてしまうのは、こういった個々の人々が、自分の心の醜さ、または弱さに対峙しようとせず、責任を回避するために、何か大きなものに自分を委ねようとしてしまうからなのではないだろうか。
ヨン・サンホ監督は、さまざまな作品のなかに、こういったメッセージを内包し続けてさせてきた。そのなかで本作『啓示』は、本人が自負するように、問題の核心を明確に浮き彫りにすることに成功したといえる。そして同時に、いま世界のさまざまな場所に横たわるシリアスな状況を、個人の心理状態のレベルで見事に表現し得たと評価できるのだ。
参照
https://m.koreaherald.com/article/10444248
■配信情報
Netflix映画『啓示』
Netflixにて配信中
出演:リュ・ジュンヨル、シン・ヒョンビン、シン・ミンジェ
監督:ヨン・サンホ
脚本:ヨン・サンホ、チェ・ギュソク