興収で読む北米映画トレンド
ポン・ジュノ新作『ミッキー17』北米No.1 ワーナーが映画作家と挑む「賭け」

ワーナー・ブラザースが賭けに出た。『パラサイト 半地下の家族』(2019年)以来6年ぶりとなるポン・ジュノ監督の最新作『ミッキー17』の拡大公開である。本作は『THE BATMAN ―ザ・バットマン―』(2022年)や『TENET テネット』(2020年)のロバート・パティンソンを主演に迎えた、“何度死んでも複製されて蘇る”主人公を描くSF映画だ。
3月7日~9日の北米映画週末ランキングで、『ミッキー17』は初登場No.1を獲得。週末興行収入は1910万ドルと予測通りの成績を収めた。公開済みの海外66市場では2450万ドルを記録(ポン・ジュノの母国である韓国がそのうち1140万ドル)しており、世界興収は5330万ドルとなっている。
ところが、北米メディアの『ミッキー17』に対する視線はかなり厳しい。製作費に1億1800万ドル、広報・宣伝費に8000万ドルが投じられているため、損益分岐点は3億ドル前後とみられているからだ。なんらかの奇跡が起こらないかぎり、劇場公開での黒字化はほとんど不可能といっていい。
そもそも大前提として、『スター・ウォーズ』やマーベル&DCといった巨大フランチャイズ以外のSF映画は宣伝が難しく、目立ったヒットを期待できないジャンルだ。本作の滑り出しは、同じく作家性が強い映画監督たちによるメジャースタジオのSF映画と非常によく似ている。
たとえば、2023年のギャレス・エドワーズ監督『ザ・クリエイター/創造者』は初動成績1407万ドル(ストライキで宣伝に苦労した影響も考慮したい)。また、2019年のジェームズ・グレイ監督×ブラッド・ピット主演『アド・アストラ』が1900万ドル、2018年のウォシャウスキー姉妹監督『ジュピター』が1837万ドルだ。クリストファー・ノーラン監督『インターステラー』(2014年)の4751万ドル、アルフォンソ・キュアロン監督『ゼロ・グラビティ』(2013年)の5578万ドルは異例の成績なのである。

『ミッキー17』はRotten Tomatoesでは批評家スコア78%・観客スコア73%と評価は高め。しかし本作はポン・ジュノらしさ全開のブラックコメディなので、正統派のサスペンスエンターテインメントだった『パラサイト 半地下の家族』よりも口コミのハードルが高いことも確かだろう(劇場の出口調査に基づくCinemaScoreで「B」評価となったのもそのためと思われる)。
なぜワーナーがこの勝負に挑んだのかはわからないが、劇場公開の意義は確実にあった。ポン・ジュノという韓国人監督が、自らの作家性を一切失うことなく、むしろ最も自由に作ったような映画をハリウッドで完成させ、それを世界に問うたこと。そんな作家主導の大作を現在のハリウッドでも作れる、広く公開できるとアピールしたこと。それは、映画という文化のひとつのありようを守ろうとすることでもある。

この蛮勇を評価した米Deadlineは、ひとつの問題提起をおこなっている。Netflixが3月14日に配信するアンソニー&ジョー・ルッソ監督のSF映画『エレクトリック・ステイト』は製作費3億2000万ドル(!)もの超大作だが、劇場公開は全米でわずか2館。Netflixはいつも通り正確な視聴者数を発表することなく、また本当に利益が出ているのかも明らかにすることなく、おそらく本作を「成功」として位置づけるだろうというのだ。一方で、大々的に劇場公開した『ミッキー17』は製作費ゆえに「失敗」として報じられてしまうと。しかし同誌は2作を比較し、あくまでも文化に影響を与えた映画として記憶されるのは『ミッキー17』のほうだと記している。
今後、『ミッキー17』が興行収入を増やすためのカギは、近年のヒット作に欠かせない「女性」あるいは「ティーン~20代前半」層をつかむことだろう。現時点で観客の男女比は男性65%・女性35%、年代別では全体の38%が25歳~34歳、33%が35歳以上だから、本作はその両方を取りこぼしているのだ。
たしかにコアな映画ファンほどクセになるような作りではあるが、映画としての質は高い。笑いやジャンルにコーティングしながらも、アメリカのみならずこの世界で生きている人々の“生”の皮膚感覚をとらえた作品だ。日本では3月28日公開。



















